愛は義務より良い教師である。ⅩⅥ

 次の瞬間、目の前が真っ暗になった。


 前みたいに気絶したとか、そういうのじゃない。

 僕は今も風呂場で毒ヶ杜さんに抱きつかれたまま、立ち尽くしている。


 じゃあ何でか。


 答えは簡単。毒ヶ杜さんが部屋の電気を今の瞬間で消したからだ。

 間取り的には、玄関。開けて入ると右手に僕達のいる風呂とトイレ。そのまま直進で、空間が広がり、ベッドが左右に二つずつあり奥にベランダ。

 その手前にテーブル、テレビ、化粧台がある。


 通路になっている玄関は扉を開けると目の前にベランダが野ざらしに見えてしまうが、玄関と風呂との間に設置されたボタンを押すことでとりあえず僕達の姿も奥のベランダも姿を消す事が出来る。


 ……数秒だが。


 すぐ電気をつけられたら終わり。けど、入ってきてすぐ見られるよりましだ。

 しかしまだ、安心はできない。戦いは終わっていないのだ。


「あれ? 部屋真っ暗。……目島く~ん? いるぅ?」


 あっ、この声委員長だ。


 女子である委員長が男子階になっている三階に、しかも僕の部屋に何の用だ? 先生に見られたら、部屋の前で正座させられるぞ。


『毒ヶ杜さん。僕が行ってロープを回収してくるから、それまで電気をつけられないように気を引いてて』


『ラジャっ』


 僕の腹部辺りにくっつく毒ヶ杜さんに小声でそう言って僕は、風呂場を飛び出そうとする。


 と、その時だ。


 ドン。ドカッ。バッタン。


 暗闇で勢いよく飛び出した僕はバランスを崩してその場に転んで、そのまま壁に激突した。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)


 足の指を思い切り風呂と通路の仕切り線にぶつけ、そのまま床に腹を打ちつけ、転がって壁に頭をぶつけて一気にヒットポイント黄色だ。


「なっ、何!?」


 自分の左側から委員長の驚く声が聞こえる。


『何やってるの!? 毒ヶ杜さん』


 転んだ理由は暗闇なのに調子に乗って飛び出したとかではない。僕の腰にぶら下がるこの人だ。

 ロープを回収しに行くと言えば、普通離れるだろう。

 にも関わらず、全く離れず、毒ヶ杜さんがくっついたまま僕は飛び出してしまった。

 まぁ、僕も確認しろよと言われても仕方ないが、転んで大きな音を立てて尚、まだ、くっついている毒ヶ杜さんの謎の執念は一体何なのだろうか。


『だって離したら、目島君逃げるでしょ?』


 何言ってんだこの人ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!


『この状況で何言ってるの!?』


「だって目島君と……一緒に入りたいんだもん」


 何か子供みたいにぐずりだした。


 こんな時にぐずられてもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!


 まずい。これは非常にまずい。早く何とかしないと。


『……分かった。この状況を脱したらお風呂でも何でも一緒に入るから、だから今は目の前の事に集中して? 毒ヶ杜さんは僕の事信用できない?』


『本当に入ってくれるの? ……する、出来る。目島君しか信用できないくらい』





『メジマクンはドクガモリサンを仲間にした』


 よしっ。毒ヶ杜さんを仲間にしたぞ。


 軽快なゲーム音が鳴響きそうだ。



『じゃあ、もう一回行くよ。僕がロープを回収するまで電気をつけられないように気を引いてて』


『わかった』


 改めて僕達の『委員長に見つかるな計画』が再始動した。

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