愛は義務より良い教師である。Ⅲ

***


「各自荷物を持ってクラス委員の後についていけ」


 人がごった返す駅のホームで担任がそう言った。


 これから僕達は新幹線に乗って、宿泊先のある駅に向かう。その後、再びバスに乗って初日の宿泊先に向かうという計画だ。


「鈴木、大丈夫?」


 人の波にもみくちゃにされながら、僕はふらふらで真っ青な顔をしている鈴木を介抱しながら歩く。


「うむ……すまないな目島殿。拙者のパソコンのハードディスクの中身は消してくれ申したか?」


「いや、鈴木生きてるよ」


「何……そうか拙者まだこの現世に留まっていたか。最後まで迷惑かけるで候」


「いや、だから死んでないって」


 その時だ。人の波に飲まれた僕達の前に人の腕やら、カバンやらが襲い掛かる。

 この人の数だ。何が飛んできてもおかしくない。


 僕は器用にそれ交わして新幹線に向かう。


「ぐふっ!!」


 突然、隣の鈴木がまるで腹を切られた武士みたい声で叫びだす。


「えっ、何?」


 顔を横に向けて鈴木を見る。

 みれば、前の人の振った腕が見事、鈴木の顔面にクリーンヒット。


「歯がぁ! 歯が折れた!!」


 口を押さえて痛そうにその突き出た出っ歯を隠す鈴木。


「鈴木ぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 大丈夫ぅ!?」


「らいじょうぶ……じゃらい……歯がぁ、歯がぁ……」


 あまりに突然の出来事、そして鈴木の外見的特徴である、言わばチャームポイントの出っ歯の損傷。かなり痛いんだろう。今まで必ずつけていた語尾の候を言わなくなってる。


 やっぱりそれはキャラ付けだったんだね。鈴木。


 って冷静にキャラ分析してる場合じゃない。鈴木を、早く鈴木を安全な所に運ばないと。

 そう思って無理やり前に進もうとしたのがよくなかったんだろう。


「うわっ!?」


 僕の前にも前の人のカバンが襲い掛かってきた。

 もうダメだ。僕も鈴木みたいに歯が折れるんだ。そう思って目を閉じた。


「……あれ?」


 来ると思っていたカバンの襲撃は幾ら待っても訪れない。

 ゆっくり目を開けて、前方を確認する。


「はっ!? お前は……佐藤!!」


「目島氏。早く鈴木氏を新幹線の中に」


 僕の目の前、ぶつかると思っていたカバンは何と、太っていて肉厚な佐藤がその自慢の体をフルに生かして、僕の間にかかさず入り、代わりの壁になってくれていた。


「カッコいい!! カッコよ過ぎんだろ佐藤ぉぉぉぉぉぉぉ!!」


そう言った僕を横目で見て、ぐっと親指を立てた。


「僕達は同士。仲間は絶対守るよ」


「佐藤ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 流石の佐藤も多対個では勝ち目がなかったんだろう。僕達を守り、さらに行く道を作ってくれた佐藤は、耐え切れずグッバイと言い残して人の波に呑まれていった。


 ありがとう佐藤。佐藤に幸あれ……


「っと」


 佐藤の助けを得て僕と鈴木は無事新幹線の中に入る事に成功した。


「ここなら安全だよ」


「しかし、佐藤殿が……」


「言うな。鈴木。佐藤は僕達の為に道を開いてくれたんだ」


 男二人、新幹線の中で仲間を悼み涙する。


「何、泣いてるんだい二人とも」


「うわっ佐藤!? 何でここに?」


 みれば僕らの横にはさっき僕達の犠牲になったはずの佐藤の姿があった。

 しかも、何かピンピンしてるし。


「僕があれしきの人ごみでやられるわけないだろう。毎年、年に二回あれ以上の人ごみを掻い潜ってるんだから」


 流石、佐藤。お前は本当に対したオタクだよ。


「とにかく無事でよかった」


「当然。自由時間でアニメショップ回るんだからこんなとこで死んでられないよ」


 いや、それはいいんだけど、乗り物酔いで死んでて前歯折った鈴木の前でそれは言うなよ。


 そこでピピピピピと新幹線の出る音がホームに鳴響いた。


「そろそろ出発みたいだね」


「いた!!」


 新幹線が出発するのにワクワクしている僕達の前にそんな声が響き渡った。


「毒ヶ杜さん!? どうしたの?」


 突然の毒ヶ杜さんに当然さっきまで元気だった佐藤達は萎縮し、僕もあの出来事があった後だったからドキドキしながら声をかけた。


「みんな乗る新幹線間違えてるよ。私達が乗るのは向かいのあれ」


 反対に停車する新幹線を指差して毒ヶ杜さんは言った。


 つまり、僕達が間違えた新幹線に乗ってしまったから、探しに来てくれたって事か。


「ごめん。ありがとう」


「ううん いいよ。ほら、みんな待ってるよ」


 僕達は順番に新幹線から降りた。佐藤、鈴木。


 次に僕の番になり歩みを前に進めようとした刹那、新幹線がぷしゅーと音を立ててがこーと扉が閉まりだす。


「えっ、ちょっと待っ……」


「目島君!!」


 その数秒後、新幹線は発車して、ホームには佐藤と鈴木だけが残った。

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