愛は義務より良い教師である。Ⅳ

***


「とりあえず花達に連絡して先生に伝えてもらったから、目的地も分かってるし、急いで来いって」


 そう言って毒ヶ杜さんは自分の携帯をポケットにしまった。


「ごめん。毒ヶ杜さん……僕のせいで……」


 顔を俯いて目の前の毒ヶ杜さんに謝る。


「僕が新幹線を間違えなければこんな事には……」


 僕としたことが毒ヶ杜さんに迷惑かけるなんて、最悪だ。

 本当は土下座して謝りたいが、それはそれで毒ヶ杜さんを困らせてしまうだろう。


「気にしないで目島君。みんな人間なんだから失敗くらいあるよ。……ねぇ? 元気出して」


「……ありがとう」


 心が温かい。毒ヶ杜さんはやっぱりいい人だ。


「それに……私、目島君と二人になりたいと思ってたから」


 新幹線の窓から外を眺める後ろ姿の毒ヶ杜さんがぽつりとそう言って、僕はその綺麗な黒髪を傍観して声を出す。


「えっ……」


「そう……みんな人間、失敗くらいあるよね?」


 依然、外を眺めたまま、毒ヶ杜さんは意味深に言う。


「毒ヶ杜……さん?」


 何だろ……自分でも分からないけど心臓の鼓動が……早くなって。


「ねぇ、目島君」


「ひゃい!」


 突然呼ばれて、声が裏返る。


「聞きたい事があるんだけどさ」


「うん、何……かな?」










「……一昨日の帰り、学校に寄ったりした?」


 どくん。どくんどくん。どくんどくんどくん。


 その一言で僕はもう立っていられないほどの心臓の苦しさに襲われて、近くに座席に寄りかかって身体を預けた。


 尋常じゃない汗が一気に身体に吹き抜け、寒気も感じる。

 これ、知ってる。あの日と同じ、そこにいたくないっていう、ここから今すぐ逃げたいっていうあの時の感覚と一緒だ。


「……何で?」


「うんうん。対した事じゃないんだけど、私しおりを学校に忘れちゃったんだ、それで取りに戻った時目島君が居た様な気がしてね」


 ば、ばれてる!? 嘘だろ。気づかれないで帰ったと思ってたのに……

 いや、落ち着け。まだばれてない。じゃなけりゃこんな質問してこない。……でも何て答えれば。


「……よ、寄って……ないよ」


 ついた。嘘を。毒ヶ杜さんに。これで嘘をつくのは二回目。


「……」


 そのまま沈黙し、静かに窓の外を眺める毒ヶ杜さん。

 何て返してくるか、どんな状況になるか毒ヶ杜さんの後頭部から視線を離さず、見極める。


 アインシュタイン先生は言った。


『知識人は問題を解決し、天才は問題を未然に防ぐ。』と。


 こうなりゃ、やるしかない。最悪の状況になる前にそれを未然に防ぐ。

 ごくりと口に溜まった生唾を飲み込んで、その時を待った。


「……目島君」


「えっ、はい」


 すぐに次の言葉が飛んでくると勘違いした僕は、再度名前を呼ばれて、張っていた気が途切れて拍子抜けする。




「何です「どうして嘘をつくの?」か……?」




「えっ」


 僕の声に被って完全にそれをかき消すボリュームで、力強い発声で毒ヶ杜さんは言った。


 一瞬の出来事で僕はポカーンと身動きが取れなくなる。


 毒ヶ杜さんはゆっくりとこちらに向き直って、真剣な眼差しで僕を見た。


「どうして嘘をつくの? 目島君」


 その雰囲気はまるで僕の知っている毒ヶ杜さんじゃなくて、声の低さと張り詰めた瞳から狂気を感じる。


「嘘……って、えと」


「桃園さんは寄ったって言ってたよ」


「!?」


 聞いてたんだ!! 毒ヶ杜さんはさっきのバスで委員長と隣だった。きっとその時に聞いたんだ……

 聞いてて、分かっててわざと僕に聞いたんだ。……僕が何て答えるか、試す為に……


「答えてよ、目島君」


 そう言って毒ヶ杜さんはゆっくりと僕に近づいた。

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