愛は義務より良い教師である。Ⅱ
***
「棘~プッキー食べるぅ~?」
そう言って木下はチョコが塗られたプレッツェルを箱ごと毒ヶ杜さんの前に差し出した。
毒ヶ杜さんはありがとうと言って箱から菓子を一本引き抜いて口に運んだ。
「一本でいいの?」
「うん大丈夫ありがとう」
「委員長は?」
木下は次に毒ヶ杜さんの隣に座る委員長に声をかけた。
「私は大丈夫。おやつに酢昆布持って来たから!」
目をキラキラさせて酢昆布の箱を両手で持って見せてくる委員長を見て、酢昆布って渋いねと愛想笑いをする木下。
「食べる?」
「いや、いい……」
毒ヶ杜さんの前に座っていた木下は身体を反対に向いて、毒ヶ杜さんの席の方に顔を乗り出していたからか、担任に前向いてろと注意される。
ふぁ~いと気の抜けた声で返事をして、しっかり席に着いた。
僕はそんな光景を遠目から見ていると、あの日の出来事が脳内再生させた。
……そうだ。あの日とは一昨日の教室での事だ。
結果から言うと僕はあの場から逃げた。
あれ以上あそこにいては行けないと僕の中の何かがそう告げたんだ。
どうしようもない恐怖心と畏怖が僕を包み込み、逃げろと言っていた。
毒ヶ杜さんに気づかれる事なく、あの場を去ることはできたが、当然修学旅行のしおりは持ってくることは出来なかった。
あれを毒ヶ杜さんと決め付けるのはどうなのか、いや、あれは紛れもない間違えようもない毒ヶ杜さん本人だった。
この耳でしっかりと聞いたんだあの声を。
この目でしっかりと見たんだあの姿を。
それで間違えるなんてあるわけない。
あれは毒ヶ杜さんだった。……でも僕の知っている毒ヶ杜さんじゃなかった。
正直今でも信じられない。あれが本当に毒ヶ杜さんなんて。
しかし、何であそこにいたんだ。
一体、あそこで何をしていたんだ。
何で僕の机をいじってたんだ。
どうして僕を呼んだんだ。
頭がごちゃごちゃして横にブンブンと振ってかき消した。
とにかく考えても仕方ない。今は修学旅行だ。楽しまないと。
しばらくバスに揺られる事数時間。メラメラコミックを読了した佐藤がロトスコープは未だ健在と言い残してそれを僕に渡してきた。
「ありがとう」
言って早速ロトスコープのページを開いて僕はその世界に踏み込んだ。
***
「ふぅ~」
集中していた視線を本から前の座席に移して、ゆっくり息を吐いて僕は余韻に浸る。
「どうだった? 素晴らしい出来だっただろう?」
隣の佐藤が読み終わった僕に気がついて、話しかけてくる。
「うん。やっぱりロトスコは最高だね」
「んふ~分かりきっている事を言うなよ。この作者は燃えと萌えの配分をよく分かっている。というのも……」
あらら、どうやら佐藤はスイッチが入ってしまったようだ。これはここから長そうだ。
僕は相槌を打ちながら、佐藤の話を聞いて前方の毒ヶ杜さんを見た。
何やら楽しそうに委員長と話をしている。
「桃園さん。桃園さんってスタイルいいよね」
「えっ!? そ、そんな、そんな事ないよ~毒ヶ杜さんの方が全然いいでしょう」
後ろ頭をかきながら委員長は、顔の前で手を横に振って慌しく否定する。
「そんな事ないよ。知らないだけで男子にも人気なんだよ? 桃園さん性格も落ち着いてて優しいし、全てを包み込んでくれるからきっといいお嫁さんになるよ」
その話を聞きながら、僕はうんうんと相槌を打つ。
「……じまし? ……聞いてる?」
確かに委員長はいいお嫁さんになる。委員長をお嫁に貰う人は、しゃーわせ者確定だね。……羨ましい。
「おーい……じまし~……」
綺麗な純白のウエディングドレスに身を包む委員長、キッチンでエプロンつけてご飯を作る委員長。パジャマ姿でそろそろ寝よ? の委員長。様々な委員長を妄想して鼻の下が伸びる。
「目島氏!!」
「うわっ!?」
突然、眼前に佐藤の顔が飛び込んできて、僕の妄想は最後だけパジャマ姿でそろそろ寝よ? の佐藤にあっという間に変わった。
「ごめん。何?」
「話聞いてた? 今僕達はロトスコープについて熱く語っていたじゃないか!」
ごめん佐藤。毒ヶ杜さんと委員長の会話に聞き入っちゃって聞いてなかった。
「そ、そうだったね。続けようか」
そう言った瞬間、バスが停止した。
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