人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない。Ⅴ

***


 風呂上りの炭酸飲料は格別に美味い。


 喉を通り抜けるあのピリピリの感覚は、痛いのにそこに良さを感じてしまうのだ。

 例えるなら、わさびのツーンと同じ様な感じだろうか。


 冷蔵庫でキンキンに冷えた炭酸飲料をぐびぐび良い飲みっぷりで身体に流し込んで、部屋のリクライニングチェアに鎮座した。


 マウスを操作してまとめサイトを閲覧していく。

 これが僕の寝る前の日課だ。アニメ板やゲーム板で気になったものをざっと見てから眠りにつく。


「“ロトスコープ”誕生十周年記念。完全新作新連載決定ってマジか。これは熱いな」


 一人でぶつぶつ一人事を呟いて、ディスプレイを見つめる。

 ロトスコープというのは僕が小学生の時に読んでいた月刊誌、『メラメラコミック』の中で一番好きだった漫画だ。


 主人公ロトが何でも見える魔法のスコープを使って冒険する、友情あり涙ありお色気ありの王道バトル漫画。当時、母さんに買ってもらうと、必ず一番最初に読んでいた思い出の漫画だ。


 そんな“ロトスコープ”の完全新作は自分の中じゃかなり激あつで、また『メラメラコミック』買って読もうかという気になる。


 がたん。


「何だ?」


 天上から物音がして、目の前のディスプレイから視線を上に上げた。

 ネズミかとしばらく天上とにらめっこして、再びディスプレイに視線を戻し、手元の炭酸飲料のキャップを開ける。


 ぷしゅと良い音を聞いて、炭酸飲料を一口飲む。


 大体どんな家にもネズミとゴキブリは生息していると、あまり気にしないで閲覧を続ける。


「おっ」


 次に見つけたのは『GWに見たアニメ晒していくスレ』というスレタイのまとめだった。


 というのもつい先日までゴールデンウィークだった為、このようなスレが出来ているんだろう。


 なんというか、物凄くありがちだ。



 1、『メロンパンと漂白剤マジ面白すぎWWW』


 2、『キッズアニメかよ』


 3、『他にもっと見るモンあっただろ』


 4、『メロンパンと漂白剤じわるW』


 5、「時カナみろ」


 6、『このタイトルでキッズアニメは草』


 7、『ワイこのアニメ知らんのやけど、どんなアニメなん?』


 8、『>>7最終回で主人公が漂白剤飲んで死ぬアニメ』


 9、『>>8マ? キッズアニメなのに?』


 10、『>>9嘘だぞ』


 11、『時カナ見ろって。人生損してる』


 12、『ロトスコープ』


 13、『>>12アニメ版はアニオリがマジで惰性だった』


 14、『メロはくといいロトスコといいお前らキッズアニメしか見てなくて草』


 15、『時カナに触れてやれよWWW』


 ネットの人達の言いたい事を好き勝手に言っているのを見て、再び独り言を呟く。


「ロトスコープは確かに漫画派かも知れない。てか、時カナ推してる奴にわか臭いな」


専らのインドア派の僕はサブカルチャーでは漫画、アニメ、映画等基本一人でも出来るものを好む。


 だからと言って友達がいない訳ではない。……多分。


 その後もぶつぶつ言いながらまとめサイトを閲覧して就寝した。


***


 がたん。ごそごそ。たんっ。


 真っ暗で静寂に包まれた部屋に静かに地をつけて降りたった。


 目の前にはいつも見てる彼の気持ちよさそうに眠った顔がぼんやりと見える。


 今晩の月は綺麗に輝いている。


「……」


 後ろを向けば彼のパソコンデスク。そこに興味をそそるものを見つけて、静かに歩み寄りそれを手に取った。


「……」


 黙って見つめるのは飲みかけの炭酸飲料。

 すんと静かに鼻をすすって、キャップを開けると一口二口、口をつけて中身を飲んだ。


 飲み口から口を離すと、甘い吐息が漏れて、鼻をくすぐる。

 動作を止める事なく、今度は手に持ったペットボトルの飲み口部分を丹念に、ペロペロピチャピチャと嘗め回していく。


 何度も何度もいやしく、嫌らしい音を立てて嘗め終えると、キャップを閉めて元の場所に置いた。


 次に寝ている彼の足先にあるクローゼットを開けて、ハンガーで引っかかる服の集団をまとめて両手で抱え込んで、顔を押し当てると一気に吸い込んだ。


 どれも知っている香りで自分が満たされていくのを感じる。


「すーはー。すーはー。……はぁ、はぁ……好き。大好きぃ」


 大好きな彼を目の前にこんな事をしながら、今日も夜は更けていく。

 

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