第7話 議題『明日、世界が終わるとしたら』
放課後の第二化学室で、嵐山透教諭によってディベート部──通称、死にぞこない部──の今日の議題が発表された。
議題を聞いた守屋聡は、率直に思う。
「なんだか『明日、世界が終わるとしたら』って、歌の歌詞みたいだね」
部員の宮野瑠依が候補に入れ、今回選ばれた議題。瑠依は「そうね」と頷くと、補足説明をした。
「ちょっと長いかなと思って一部省略したんだけれど。もしも明日、世界が終わるとしたら、最後の一日をどう過ごすか? って意味ね。ちなみに、地球に巨大彗星が衝突するっていう設定で、これは避けられないものとします」
「へぇ。なかなか面白い議題だね」
聡は笑みを浮かべた。
普段、明るく前向きなのが取り柄の瑠依が提案した議題にしては、異色というか、珍しい。瑠依は照れたように「えへへ」と笑った。
「いや~、最近見た映画の内容に触発されてね~」
どうやら瑠依自身がイチから考えたものではないらしい。合点がいった。
嵐山があくびを一つ噛み殺して、
「そんじゃ、準備の時間はいるか?」
主に聡に向かって訊いた。聡は「三分ほど」と短く返事を返す。
「先生、寝不足なの?」
聡がノートに向かってカリカリとシャーペンを走らせている間、暇だった瑠依が嵐山に尋ねた。彼女の方はもう準備が整っているようで、暇つぶしにお喋りしたいらしい。
先程のあくびを見ての瑠依の疑問に、嵐山は腕時計に視線を落としたまま答えた。
「夕べは夢見が悪くてな……。あとは、アレの準備」
「アレって?」
「中間テスト」
「げっ!? もうそんな時期かぁ~……」
瑠依は机に突っ伏した。テスト、という単語を聞くだけでもう憂鬱になる。学生という身分上、避けては通れないものだが、とはいえ嫌いなものは嫌いだ。
四月下旬から始まる大型連休が明ければ、中間テストまでは秒読みといったところか。
テスト直前は部活動も強制的に休止となるし、それを考えると今から気が滅入ってしまう。
「連休中はせめて、精一杯遊ぼう……!」
瑠依の呟きに「いや、勉強しとけよ」と嵐山が教員として冷静に忠告した。
「さて、時間だ。守屋、宮野、始めるぞ」
「はい。お待たせしました」
「はーい。ちゃっちゃと始めましょ!」
「では、本日の議題は『明日、世界が終わるとしたら』。補足として『最後の一日をどう過ごすか?』。それでは両派とも──あ~、めんどいから以下省略で。じゃ、スタート」
「以下省略って……」
「ふふっ。先生らしいわね」
面倒くさくなって口上を
まあ別にいいか、と二人ともやり直しは求めずに一拍遅れて「「よろしくお願いします」」と頭を下げる。
まずは瑠依が挙手して発言した。
「私は、明日世界が終わると分かっていたら、──最期の瞬間まで、家族と一緒に自宅で穏やかに過ごしたいと思います。私は、母と弟との三人家族で、普段は三人揃って食事を摂ることがあまりできません。だから、最後の一日は私と弟とで食事を用意して、いつも仕事で忙しい母に食べさせてあげたいです。最期の時を迎えるまで、私は笑顔でいたいです」
「死ぬことを受け入れるっていうの? 君が?」
聡が怪訝な表情で訊いた。常に前向きな彼女が、死を自ら受け入れるような、認めるような発言に、少し違和感を感じたのだ。
瑠依は微笑みを浮かべて、心穏やかに言う。
「そうよ。さっきも言ったけれど、これは避けられない
「……」
「守屋くんの意見は?」
瑠依に促され、聡はとつとつと語りだした。
「僕は……、僕だったら、最後の一日は一人で静かに過ごしたい。好きな本を読んで、パニックになっているだろう街中は避けて、一人になれる場所を探して……。自由気ままに過ごしたい。そうだな、……それこそ誰もいない大きな公園で、緑に囲まれながら空を眺めて。一人静かに、最期を迎えたい、です」
「え。守屋くん、それでいいの? 一人じゃ寂しくない?」
瑠依は、聡らしい意見だなぁと思いながらも、思わず訊かずにはいられなかった。一人で死ぬなんて寂しいし、怖いとも思いそうなのに。
聡は瑠依の言葉に、少し思案した。
「……生まれてくるときって、基本的にみんな一人だよね。そして死ぬときも、大抵はみんな一人だ。それは自然なこと。僕は、誰かと一緒に死ねなくても構わない」
「そっか。そういう考え方もあるのね……」
「最後の一日を、残された時間をどう過ごすかは、人それぞれでいいんじゃないかな。でもね、宮野さん」
聡は眉を下げ、悲しそうな、困ったような、何とも言えない表情をした。
「僕はね、できることなら世界が終わらない方法を探したいよ。それがどんなに困難でも。どうにかして、世界滅亡なんてシナリオ、書き換えたいね」
「な、なんで??」
死にたがりや派を代表する聡らしからぬ発言に、瑠依は目を丸くした。なんだかやたら前向きなこと言っているな……? と瑠依が驚いていると聡は付け足した。
「僕は、世界中の人類と一緒に心中なんてしたくないのさ」
聡の言葉に、嵐山は「心中、か」と小さな声でポツリと呟いた。
その呟きは二人の耳には届かなかった。
「お前たちの、いや──俺たちの後輩は今日も元気だったぞ」
帰宅した嵐山は、写真立てに向かって両手を合わせて報告した。死にぞこない部の活動があった日には、日課となっている行為だ。
写真に写るのは、三人の男。若かりし頃の嵐山を中央に、左右に同年代の男が一人ずつ並ぶ。
旧友の写るこの写真を見ると、つい話しかけてしまう癖がいつの頃からかついていた。
「夕べ、あの日の夢をまた見たぞ。お前ら、ちゃんと成仏してるよな……?」
苦々しい顔をして、嵐山は問いかける。もちろん返事など返ってこない。
「あの日がお前たちにとっての『最後の一日』だったんだよなぁ。なあ、あの日──お前たちは、幸せだったのか?」
嵐山の疑問に答えてくれる旧友は、もういない。
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