第2話 議題『不老不死』


 ××高校学校非公認、通称『死にぞこない部』の顧問、嵐山透教諭は悩んでいた。

 なんで、なんでだ……? 今回も公平に、手作りのあみだクジで議題を選んだはずなのに。

 嵐山が俯いているのを、部員の守屋聡と宮野瑠依が不思議そうに眺めている。ちなみに、毎回部活動で使用しているこの第二化学室は、今日も三人の貸し切り状態である。


「先生、議題決まりました?」


 聡が嵐山を伺うように声を掛けて、瑠依も「早く発表してよ〜」と急かしてくる。

 お前、お前らな……! 嵐山は内心悪態づいた。それから不機嫌な感情を上乗せして口を開く。


「今回の議題は……、っていうか『不老不死について』に決まったぞ。ちっとさぁ、お前らこの議題出し過ぎじゃねぇか? 前々回も同じだったろ」

「大丈夫よ。センセー」


 瑠依がにっこりと笑みを浮かべた。


「その議題ならいくらでも掘り下げられるわ。ね、守屋くん」

「そうだね、宮野さん」

「……まあ、お前らがそう言うならいいが。ギャラリー兼スポンサーを少しは楽しませてくれよ」

「はい」「はーい」


 揃って返事をした聡と瑠依は、早速机と椅子を対面形式に並べ、それぞれの鞄からノートやペンケースを取り出す。嵐山はその様子を眺めながら、二人を見やすい席に腰を下ろした。準備が整ったのを見計らい、嵐山は口を開く。


「えー、では、本日の議題は『不老不死について』です。どちらの派閥の代表も責任を持って発言し、有意義な時間にするように。それではどーぞ」

「「よろしくお願いします」」


 嵐山の毎回お決まりの口上に、聡と瑠依も始まりの挨拶を交わし、座ったまま軽くお辞儀をした。そして早速、二人共が挙手をする。聡の方が僅かに早かった為、瑠依が発言権を譲った。

 聡は一つ咳払いをすると、真面目な表情で意見を述べ始めた。


「僕は、不老不死とは愚かで最悪な考えだと思います。なぜなら、人に限らずですが、生物には有限の、死ぬまでの時間があるからこそ、生きている間の時間を大切にして日々を過ごしています。もし仮に、老いない・死なない技術があったとしても、それは人々を幸福には導かないでしょう。不老不死が実現したら、人はきっと無限の時間を大切にすることなく、堕落した毎日を過ごすことになるでしょう。だから、僕は不老不死という考えには反対です」


 聡が発言を終えるやいなや、瑠依が手を挙げ真逆の意見を述べ始めた。その目つきは些か鋭い。


「私は不老不死という考えに賛成です。最高だと思います。好きな時に、その身体のまま、老いない死なない状態になれたら、誰だって嬉しいと思います。仲の良い友達や家族とずっと一緒にいることができるし、やりたい事を寿命や病気で諦めなくていいんですもの。確かに、不老不死が実現すれば、中には堕落した生活をしてしまう人もいるでしょう。でも、それは極少数で、大多数の人は幸せな日々を過ごすでしょう。だから、私は不老不死という考えに賛成だし、いつか実現して欲しいです」


 瑠依が発言を終えると、要点をメモしながら聞いていた聡が挙手した。


「では、賛成派の宮野さんに質問です。仮に不老不死が実現したら、世界中の人口は増える一方ですよね。そうしたら食糧問題も出てくると思いますが、どう考えていますか? 今の世界でも、毎日飢餓に苦しんでいる人々がいるのに、不老不死で人口増加の一途を辿れば現状よりも悪化してしまうと思いますが。また、不老不死の技術があったとして、全世界中の人々全員に同時に、という訳にはいきませんよね。誰から優先順位をつけて、不老不死の処置を施すんでしょうか? この二点お答え下さい」


 瑠依の表情が苦々しいものに変わる。痛い所を突かれた、と言った様子だ。それでも、質問の内容を簡潔にノートにまとめて答える。


「まず食糧問題についてですが、これは先進国に食糧が過剰供給されている点もあるので、物流を見直し、無駄を徹底的に無くす事で解決できると思います。また不老不死の処置の、優先順位についてですが、これは……」


 淡々と答えている瑠依だったが、内心ではしまった、とほぞを噛んでいた。不老不死の優先順位だなんて、そんなの考えた事など無かった。しかし、実際に実用化されたら当然出てくる疑問でもある。

 これ、なんて答えるのが模範解答なの……!? 未来ある若い世代から、なんて答えれば年寄りを蔑ろにする気か、と言われそうだし。かと言って逆に年配者からと答えても、今度は若者を軽視する気か、といずれにしろケチがつきそう。

 数秒、瑠依は黙り込んで思考回路をフルに動かす。そしてこう答える事にした。


「優先順位は、病気や怪我で苦しんでいる人達から、にするべきだと思います。余命宣告されているような人に、優先的に処置を施す権利を与えるべきだと。もちろん、本人や家族が希望すればの話ですが」


 この回答なら、聡も反論の余地は無いだろう。瑠依は自信満々だ。だが、「はあ……」と聡から聴こえてきたのは溜め息だった。

 え、なによ、その反応。瑠依が目を瞬かせると、聡は呆れ半分、感心半分、といった雰囲気だ。


「宮野さん。その考えだと、仮に末期癌の患者さんが処置を受けたら、永遠に癌の苦しみを味わうって事になりませんか。不老も不死も、病気や怪我がとかとかとは別の問題なんだから。本人が自分の意思で選べればいいけれど、意識が無いとかで、家族の判断だけで不老不死になってしまったら……。そして意識を取り戻したら……? 僕だったら耐えられない」

「うっ……。それは、そう、だけど……」


 口ごもる瑠依。見かねたように嵐山がパンパン、と手を叩いた。


「今日はここまでだな。ジャッジの俺としては守屋の意見を推す。宮野はちょいと詰めが甘かったな」

「はぁーい。後でもっと煮詰めておきます……」

「ま、だからと言って守屋の言い分が完璧だった訳でもねぇけどな。そこんところは自分でも分かってるだろ?」

「はい。僕も後で反省点を見つめてみようと思っています」

「ならよし。じゃ、本日の議論はこれでしゅーりょーっと」


 嵐山は気怠げに体を伸ばす。瑠依は悔しそうな表情で手元のノートを閉じた。聡の方も机上に広げていたノートやペンを片付け始める。その横顔があまりにも落ち着いているので、瑠依は頬を膨らませた。

 自分の意見が未熟だったのは認めるが、なんか温度差がありすぎじゃなかろうか。


「守屋くんのこと、今度からは『冷静くん』って呼ぼうかしら」


 割と本気で瑠依が呟くと、聡はチラリと瑠依を見やって、でもすぐに手元に視線を落とす。片付けの手を止めて、ここでは無いどこかを見つめる様にして、聡はポツリと言葉を吐く。


「僕は、僕の考えは、前から変わっていない。死ぬ事によって得られる幸福はある。だから……。不死っていうのは、僕にとってはただの地獄なんだ」

「そう……」

「多分、君とは一生理解し合えないだろうね。僕たちの意見は、どこまで行っても平行線を辿るのさ」

「そうね。そうかもしれないわね。でも、だからこそ私達は──」


 瑠依が一度区切って、聡を見る。その表情はどこか明るい。


「──私達は、議論し合うんじゃない。理解し合う為じゃないわ。お互いの意見や考えを成熟させる為よ。まあ、私としては、いつかあなたと理解し合えたら嬉しいな、とは思うけど。ね、嵐山先生?」


 最後に笑みを添え、嵐山に同意を求める瑠依。嵐山は、茶化すでもなく、鼻で笑うでもなく、至って真面目な顔をして腕を組んだ。二人を見つめて、とつとつと語る。


「俺はあくまで、ギャラリー兼スポンサー兼ジャッジ兼顧問だからな。部活としての方針は部員が決めればいいし、必要が無くなればこの部は廃部になるだけだ。そもそも、うちは学校非公認の同好会みたいなモンだからな。俺の許可できる範囲で、お前らが好きにやればいい」

「……はい」

「はーい」


 聡と瑠依はそれぞれ返事をした。

 今は、今すぐには、二人の意見が交わる事は無いだろう。聡の言うように、きっと当分は平行線だ。

 でも、いつか。そう遠くない未来で、分かり合える日が来るといいな、と瑠依は願った。

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