死にぞこない部の活動記録

うたた寝シキカ

第1話 死にたがりや派・守屋聡

「守屋、帰りにゲーセン寄ろうよ」


 ホームルーム終了後、友人に遊びの誘いを受けた守屋聡もりやさとしは眉を下げて少し困っていた。今日は用事がある。が、あまりおおっぴらにはできない内容の予定だ。なんといって断ればいいだろうか。「あー、うん。その……」と聡が歯切れ悪く応えていると、友人は首を傾げる。「あれ? 今日文芸部の活動あんの?」と訊かれた。いや、そうではない。そうではないのだが。


「文芸部の方じゃないんだけれど、部活があって……」


 聡は迷った末、苦笑しながらそう言った。友人はなおも不思議そうな表情をしている。


「守屋、お前って部活のかけもちなんてしてたっけ?」

「うん、まあ、ちょっとね。部員少ないし、学校非公認の同好会みたいな集まりだけれど」

「へぇ。どんなことやってんの? 面白そうだったら見学行ってみようかなー」

「いや、細井には多分性に合わない部だよ。やめときな」

「ふーん?」

「じゃあ、また明日」


 聡は学生鞄を肩から引っ提げると、友人にひらりと手を振って教室を出た。親しい友人は数名いるが、その誰にも兼部している部のことを明かすことはない。我ながら高校生にもなって青臭いことをやっている自覚は重々あったからだ。


 校舎三階の端、第二化学室までやって来ると、聡は戸を丁寧に三回ノックした。「どうぞ〜」と中から女子生徒の声が入室を促す。スライド式の戸をガラリと開けて入ると、机と椅子が整列する中、その一つを陣取って椅子に座る少女がいた。


「思ったより早かったわね、守屋くん。お人好しなあなたのことだから、また友達に捕まって遅れて来るかと思ってたわ」


 女子生徒は読んでいたらしい文庫本に栞を挟んでからパタンと本を閉じた。聡が少し離れた席に学生鞄を置くのを見届けると鼻を鳴らす。


「ところで、嵐山先生、今日少し遅れるらしいよ。三十分くらいここで待ってろって言われちゃった。何考えてるのかしらね、あのヒゲオヤジ。三人揃わなきゃ、ディベートどころか議題すら決められないわ」

「あ、あぁ。そうだね、宮野さん」


 同学年の女子生徒、宮野瑠依みやのるいは大層ご立腹といった雰囲気を隠すことなく醸し出している。

 瑠依が『ヒゲオヤジ』と罵った相手は、嵐山透あらしやまとおる化学教諭。学校非公認のこの部の顧問兼エトセトラである。

 この部の特殊性上、聡と瑠依、そして嵐山の三人が揃わないと、部活動は始められない。三十分という長い待機時間に聡は溜め息を吐いた。三十分、瑠依と雑談でもしていればいいのだろうか。しかし、自分のコミュニケーション能力は高い方ではないと聡は自覚していた。何を話せばいいのだ? 無難に天気の話とかか? いや、そもそも何か話さなきゃいけないのか……? でも、この沈黙は心地よいものでもないし、何か、何か話題……。

 聡が自問自答を繰り返し、悩んでいるのを知ってか知らずか、瑠依は思いついたように声を掛けてきた。


「ねえ、死にたがりや派代表の守屋聡くん」

「……何、宮野さん。っていうか前々から言っているけど、その呼び方やめてくれないか……」

「いいじゃない、別に。本当のことだし。なんなら私のことは生き残っちゃった派代表、宮野瑠依さんって呼んでも構わないわよ」

「嫌だよ。長すぎる」

「まあ、それは同感だわ。で、話を戻すけれどね。守屋くんはこの部活のこと、友達とか他の人にはなんて言って説明してる?」

「そ、れは……」


 瑠依からの質問に、聡は言葉に詰まった。つい先程、友人に上手く言えずに、逃げるようにして教室を出てきたばかりだ。この部の通称はいくつかある。が、どれも外部の人間に口にするには少々躊躇われるものばかりで。

 聡は答えに窮しながらも、結局事実を伝えるしかなかった。


「……友人には、『学校非公認の同好会みたいな集まり』って言ってある。見学したい、とか、どんなことしてるの、とか訊かれたけれど『性に合わないと思う』って言って切り抜けた」

「へえ。でも、ぼかしながら言えば、そうなるわよね」

「宮野さんは、どう説明してるの?」

「私も似たような感じかなあ。あとは、『ディベート部』って説明する時もあるし。さすがに、どんな議論してるかまでは言えないけどね。変人の顧問もいるし」

「変人って……」


 確かに、こんな部の顧問をしている時点で、嵐山という人物は変わっているなあとは思うけれど。それにしても変人って、そりゃちょっと酷くないか……。

 瑠依のハッキリ物を言う性格は分かりやすいけれど、度々驚かされる。聡が半ば呆れていると「こんなに時間持て余すなら、テニス部の方に顔出しに行けばよかったな〜」と、瑠依が頬杖をつきながら不満を隠さずに言った。

 聡が文芸部とこちらを兼部しているように、瑠依も硬式テニス部とこの部をかけもちしている。とは言っても、ノルマもなくユルイ雰囲気の文芸部に比べて、テニス部は頻繁に他校との練習試合があったり平日は遅い時間まで活動していたり、となかなかハードな様である。

 瑠依も普段はみっちりとテニス漬けの毎日で、こうして聡と嵐山と部活動として時間を共有するのは週に一度、それも僅かな時間だ。

 瑠依が嵐山への不満を零し、そこから発展して他の教員への愚痴も漏らし始めた。中には聡も共感できるものもあったから、合間合間に相槌を打つ。だらだらと文句と不満と愚痴を垂れ流し続けていると、ノックもなしに戸がガラッと開けられた。

 戸口に立つのは顎髭を少々生やした中年男性で、気怠そうな表情に白衣姿。変人顧問もとい、嵐山透教諭である。

 瑠依が早速抗議の声を上げる。


「ヒゲ山先生おそーい!」

「誰がヒゲ山だコラ。宮野、次もう一回言ったら、部活のスポンサー降りるぞ」

「え、それは困るから却下! ゴメンねー、嵐山先生」

「まったく……。で、今日の議題候補は各々決まってんのか?」


 少し癖っ毛の入っている黒髪をガシガシ掻きながら、嵐山は教室に入った。聡と瑠依よりも若干後方の席に腰かける。


「こっちは準備できてるわ。守屋くんも大丈夫よね」

「あぁ。ここに来る前にいつも決めてるから」


 二人はそれぞれカバンからルーズリーフを一枚取り出すと、嵐山に手渡した。さっと、それらに目を通した嵐山は「お前ら、相変わらずだなぁ」と呆れたような声を出す。


「じゃ、今日もあみだクジで議題決めっからな」

「はーい」

「お願いします」


 嵐山は白衣のポケットから手のひらサイズのメモ帳とボールペンを取り出すと、まず日付とタイトルを書いた。

『××年××月××日 死にぞこない部の活動記録』と本人は書いたつもりなのだが、文字があまりにも崩れていて、まるでミミズがのたうっているようだ。他人が見ても読解不可能だろう。


 こうして、たった三人の死にぞこない部の活動は、今日も幕を開けるのだった。

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