24日目
考えることがある。
昨日のことだ。
桐島は私をかばって、
右肩を天使に槍で貫かれた。
スズのことを、
桐島にだけは教えておいた方がよかっただろうか?
そうすれば、
あの槍を私が避ける予定だったことを、
知ることが出来た。
桐島の行為は無駄ではないと思うが、
それでも教えておけば、
桐島が大怪我をすることはなかった。
夕方まで、
私とスズには何の連絡も、
命令もなかった。
ただ放っておかれただけだ。
食事は出たが、
どうやらこの研究所内で、
私達に関心を寄せるのは、
桐島だけだったようだ。
所詮、私達は余所者か厄介者扱いなのだろう。
あるいは、
天使の動きを止めるだけの道具か。
何にせよ。
どうにも気に入らない。
夜。
ひとり部屋でベッドに横たわり、
仰向けになって寝ている。
考えることは、
これからどうなるか?
これからどうするか?
桐島は無事なのか?
だが、
考えても仕方ないことかもしれない。
そんなことを考えていたら、
段々と眠くなってきた。
目を閉じて、
眠りが私を支配しかけた頃、
何かを感じた。
パッと、
目を開ける。
目が合った。
目の前に顔があった。
私は驚いて、
飛び起きる。
飛び起きた瞬間、
額と額が当たった。
「痛いですよー」
私も痛い。
私は時計を見た。
深夜1時を過ぎていた。
どうやら既に眠っていたようだ。
だが、
一気に目が覚めてしまった。
さて、
何をしていたんだ?
「ええと、せっかく眠っていた様子でしたので、キスなどしておこうかと……。この間は邪魔が入って出来ませんでしたし」
アルセはそう言って微笑んだ。
何をしにきたのか?
「はい。寝込みを襲いに……」
冗談はともかく。
「……伝えておくことがあってきました」
アルセはそう言って、
ホイッスルを取り出した。
それは……。
「これはミコトが持っていったものではなく聖律教会から持ってきたものです」
つまり、
笛はひとつじゃない?
「そうです。聖律教会には天使と戦うための神器と呼ばれるものがあります。その内のひとつが、この『ドミニオンオーダー』です」
ドミニオンオーダー?
「そうですね。日本語で言うと『主天使の号令』とでもいいますか。下級天使に命令できる笛です」
そう言ってアルセは笛をしまった。
「今日はナナさんにこの笛のことを説明するために来ました」
キスが目的ではなく?
「それも目的でした」
アルセは微笑みながら答えた。
「ドミニオンオーダーは、強い思いを込めて吹くことで、その思いを天使に伝える道具です」
思い?
「そうです。笛を使うことで、下級天使であれば命令が出来ます」
命令?
「たとえば、止まれ。これはナナさんが込めた思いですね。他にも、色々な命令をすることが出来ます。たとえば2体以上の天使がいる時ならば、同士討ちをさせることも出来ます」
だが一度吹いた後も天使は動いたぞ。
「一度吹いただけでは効果は長続きしません。長く効果を得たいのであれば何度も天使に音を聞かせなければなりません」
撤退や帰還を命じても、帰ってはくれないということか。
「そうですね。一時的にドミニオンオーダーの命令に従うでしょうが、それも数分間のことです。それより倒せる状況にあるなら、天使の動きを止めて倒してしまう方がいいでしょう」
動きを止められたとしても、数分。
「そうです。それとここからがとても重要なことなのですが……」
アルセはそう言って私をまっすぐに見た。
「アナタは、特別ではありません」
アルセはそう言った。
そんなことは、
言われなくても分かって……。
「いいえ。アナタは思ったはずです。この笛は私にしか吹けない、と」
それは……。
「ですが、その笛は本当は誰にでも吹けるんです」
だが、
アルセは言ったはずだ、
桐島に向かって、
この笛は私なら吹けると。
「そうです。嘘を吐きました。何故だと思いますか?」
何故……?
「ミコトにアナタを殺させないためです。ミコトにアナタに価値があると思わせるためです。それと同時に、今回のことで鳳玉もアナタの価値を認めたでしょう。これでアナタはミコトにも鳳玉にも必要とされる存在となることが出来ました。本当は誰にでも吹ける笛を、アナタだけが吹けると思い込ませることが出来ました」
どうしてそんなことをする必要がある?
「決まっているでしょう?」
アルセはそう言って、
私に抱きついた。
「アナタを守るためです」
私はしばらくの間、
アルセに抱きしめられた。
しばらくしてアルセは離れた。
私はアルセに質問してみた。
あの笛は、
誰にでも吹けるのか?
「はい」
では何故ミコトが実験した時に効果が発揮されなかった?
「天使を攻撃する意思があると、笛は効果を発揮しません。アナタは笛を吹いた2回ともに天使を攻撃する意思はなく、桐島さんを助けるために吹きました。だから笛が効果を発揮したのです。ですがミコトで行われた実験では、おそらく全て天使を殺すために止めようとしたのでしょう。それでは笛は効果を発揮しません」
何故攻撃の意思があると笛は効果を発揮しない?
「人類を人類側、天使を天使側というとすると、この笛は天使側が天使に命令をするために創りました。その時、人類側、つまり敵に奪われた時に悪用されないため、制限としてこの機能がつけられました」
天使側……。
天使に命令をする?
それはつまり……。
天使側には、
人間もいるということか?
「その質問には答えないでおきましょう」
……。
「つまり、攻撃の意思がない者であれば、笛は吹くことが出来ます。このことを知っていれば、誰にでも笛は吹けますし、効果も発揮されます。私でも使えます」
それがつまり、
私は、
特別ではないということか。
「そうです」
……分かった。
「ですが……」
アルセはそう言って、
私を見つめた。
「ミコトや鳳玉や聖律教会がアナタを特別だと思わなくても、私だけはアナタを特別だと思っています」
特別……。
「私だけにとって、アナタは特別な存在なんです」
それは……。
どうして……。
「だってアナタは……」
アルセがそこまで言うと、
突然部屋のドアが開いた。
そして勢いよく何かが飛び込んできて、
アルセのいる空間を切り裂いた。
アルセは跳躍して避け、
窓まで跳んだ。
私は部屋の中に侵入してきたものをみる。
それは、
パジャマ姿のスズだった。
スズは動物のように、
ノドを唸らしている。
「タイムオーバーのようですね」
アルセはそう言って微笑んだ。
「そうだ、気をもんでいる様子なのでついでに言っておきますね。桐島さんの容体ですが、命に別状はないそうですよ。では、また会いましょう」
アルセはそう言って窓から跳躍して、
夜の闇の中に消えた。
私は、
スズの頭を撫で、
頬を膨らませて怒っているスズを、
ベッドの隣に寝かせて、
休むことにした。
そうか、
桐島は大丈夫か。
安心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます