chapter1-9 「無音の殺意」


『おい、創? おいっ! 創っ!』


 電話越しに聞こえる蓮の声は創には届いていなかった。


「……なん……で……」


『――そして同時刻に宮田町でも家族三人が――』


 今の創の耳にはテレビの音も、蓮の声も聞こえない。


「創っ! ちょっと大丈夫っ!?」

 

 思い出したくもない記憶がフラッシュバックされる。あの時の、ハイドに首を落とされる美孝によく似た人を。

 関係ないと思いたい。思いたいが否定も出来ない。僕があの世界に行ってから戻ってくるまで一日も経っている。あの世界で過ごした時間がそのままこっちでも同じ時間が過ぎている。


 まさか、嘘だろ。


「……こっちとあっちでは、命が繋がっている?」


 有り得ない話ではなかった。創があの世界で傷を負った後、こちらの世界に戻って来た時も傷がそのままになっていた。

 仮の話、こっちとむこうではどこかしら繋がっているのかもしれない。それが今、二つの世界で命も繋がっているという可能性が出てきた。


「創、あんたは何処にもいかないでね」


「俺は……」


 母さんの言う「あんたは」というのは、姉のようにはなってほしくないという願いなのだろう。

 

 僕には二つ年上の姉がいた。一年程前、突然姿を消した。警察に捜索願を出したが、未だに姉は見つかっていない。考えたくないが、ここまで見つかっていないと最悪のことを想像してしまう。

 僕が唯一尊敬していた人が姉だ。気が強くて男っぽいところもあるが、僕にはいつも優しかった。行方不明になった時はとても立ち直れなかった。そんな僕が今通っている学校も、元は姉が通っていたとこだ。後をついて行くように、僕もそこに入学した。


「多分、大丈夫だよ……」


 再び携帯を耳に当てた時には、電話は切られていた。



 ***



 ――そして美孝の葬式が行われた。参列者には担任の夕暮先生の姿もあった。そして、昔からの友達だろうか、涙を流している人がちらほらいた。お焼香の時、遺族の方を見ると母親が口に手を当てて必死に堪えているようだった。

 まさか、出会って三ヵ月で友人を失うことになるとは思わなかった。そしてそれが、あの世界のせいだとしたら……。



 ***



『――……ショックだね。まさか美孝君がさ……』


「……うん。そうだね……」


 美孝の葬式の夜、結衣が創に電話をよこしていた。


『楽しみにしてたんだけどな。四人で遊ぶの……』


「うん……」


『約束、したのにね。まさか永遠に叶わない約束になっちゃうなんて、思ってもいなかったなぁ……』


「うん……」

 

 創はただひたすらに頷くことしか出来なかった。


『美孝君が一番悔しいよね。理不尽な事故に巻き込まれてさぁ……』


「うん……」


『だってまだ三ヵ月だよ? これからさぁ……もっといっぱい……楽しいことが待ってのにさぁ……』


「うん……」


 種明さんが段々涙声になっていくのが分かる。電話越しに、彼女の今の感情の全てが聞こえてきてるみたいだ。


 ーー二人の部屋は電気が消され、真っ暗になっていた。耳に当てている携帯の明かりが微かにあるくらいだ。二人は部屋の壁に背中を預けて話していた。それはまるで、二人が背中合わせで話しているみたいだ。


『何で、美孝君じゃなければ……ならなかったのかなぁ……』


 結衣が布団をギュッと掴む。

 

 その結衣の言葉を聞いて、ハイドの顔が頭に浮かぶ。


『あはは……ごめんね。こんなこと、言っちゃいけないよね……』


「いや、種明さんの言う通りだよ」


『天津……君……?』


 彼女の言う通りだ。何故、美孝じゃなければならなかったのか。その後で、ハイドも死んでくれたらよかったのに。それでも僕のこの気持ちが収まることはない。

 友人を殺したこと。そして、彼女を泣かせたことを。こんな声、聞きたくない。僕は彼女に、いつも笑っていてほしいから。


「僕はさ、君に笑っていてほしいんだ」


『え……?』


「君の笑っている時が僕は一番好きだな」


『あ、天津君? それって……』


 つまり、ティアラが殺されたら種明さんも死んでしまうのか。一つの命で二つの命が鎖で繋がれている。あんな残虐な世界で、こちらが理不尽に巻き込まれている。


「……今日はもう寝た方がいいよ、種明さん。少し落ち着かないとね」


『……うん。そうだね。……ねぇ、また電話してもいいかな?』


「勿論いいよ」


『よかった。じゃあ、おやすみなさい。またね、天津君』


「うん。おやすみ」


 電話を切って携帯を握っている手がだらんとなる。暫く顔を俯かせたまま創は動かなかった。


「――ハイド……」


 頭からハイドの顔が離れなかった。人を殺して平気で笑っているあの顔が憎くてたまらない。僕がどうにか出来ることではないかもしれない。それでも何かしなければ、ただ美孝が死んだだけで終わってしまう。

 <KBR>後悔させてやる。美孝を殺したことを。彼女を泣かせたことを。だから……。


「…………」


 顔を上げた創の目には、憤怒と殺意が込められていた。


「……僕は、お前を――」


 殺す――。




 

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