chapter1-7 「首落とし」


「え……?」


 それはどんな偶然か、どういう神様の悪戯なのか。僕が彼女の知り合いに似ているのが、よりにもよってその少年だとは。


「でも話し方も違うし、性格も違う。でもね、雰囲気だけは凄くそっくりなんだ」


 神様の悪戯なのか、運命の悪戯なのか。ティアラは種明さんに似ていて、その少年は僕に似ている。これが偶然だとは思えない。


「……そうなんだ」


 創もお墓の前にかがみ、拝んだ。

 その時、男性が青ざめた顔で駆け寄って来た。


「――ティアラ、大変だ! 隣村に『首落とし』が来たぞっ!」


「え……!」


 その男性の声を聞き、ティアラも一気に青ざめた。『首落とし』とは何なのか。創はティアラに尋ねた。


「……ねぇ。『首落とし』って、何?」


「……その名の通り、首を落とす奴のことよ。ハジメがあの森で会った男と同じ組織なの!」


「何!?」


 名前からするに恐ろしい奴であることは間違いない。それに、彼らは何かしらの組織に入っていること。


 この世界は、狂っているのか……。


「早く行かないとっ!」


「な、行くってどこへ? まさか隣村に行くって言うんじゃ!?」


「そうに決まってるじゃないっ!」


 その村へ行こうとするティアラを創は手を掴んで止める。しかし、ティアラは創の手を振りほどいた。


「今その村には、この教会のシスターがいるのよ!」


「な……!」


 そのシスターは何て運が悪いんだ。『首落とし』なんてフレーズ、どう考えても穏やかじゃない。それにティアラのこの慌てよう、間違いなく危険だ。それにあの男と同じ組織となると、またしても死の予感しかしない。


「すみません、馬車をお借りしてもいいですか?」


「な、本当に行くのか? 流石に危険だよ、ティアラちゃん! 今はあいつもいないんだっ!」


「お願いします! すぐに彼女を連れて戻って来ますので!」


「うー……分かった! 気を付けて行ってくるんだよ!?」


「ありがとうございますっ!」


 創とティアラは男性が乗って来た馬車を借りて隣村へ向かった。



「――きゃあぁぁぁぁっ!」


 向かう途中、何人かが悲鳴を上げながらヴィーネに走って行くのが見えた。すれ違う一人一人の顔が恐怖で染まっていた。これはもう尋常じゃない。創の心臓の鼓動が、村に近づくにつれて激しくなる。

 

 この先にやばいのがいる。この感じは久しぶりに感じる。それはあの樹海で、あの男に出会う時と同じだった。何故、この世界ではこういうのが続くんだ。



「――な……何だ、これ……」


 村に着くと、まず鉄の匂いが鼻をくすぐった。この村全体がその匂いに包まれているみたいだ。そしてその村は、有り得ない程に静かだった。みんな避難したのだろうか。


「……あそこに誰かいるわ」


 ティアラが指を指した方へ見てみると、誰かが立っていた。後ろ姿だったが、変わった服装……まさしく、ピエロみたいな恰好をしていた。

 そしてその人物の右手には何かを掴んでいた。目を凝らしてみてみると、それは普通では有り得ないものだった。


「……あ……ああ……」


 ティアラが口を押えて震えていた。恐怖からなのか徐々に目に涙が浮かんでくる。創も口から言葉が出なくなる。


 それもそのはず。その人物が掴んでいたのは、人間の頭なのだから。


「――ン~?」


 創たちに気付いたのか、その人物はこちらに振り返った。僅かに距離は離れているものの、確実に目が合ってしまった。

 顔には模様が描かれており、耳にはピアスをしている。そして胸元には、あの男と同じく青いブローチをしていた。何処からどう見ても、ピエロにしか見えない。


「おやおやぁ? あなた方はこの村の者ですかぁ?」


 その男が口を開く。絶望という悪魔が喋っているみたいだった。創とティアラは震えていて、その質問に答えることが出来なかった。


「……ン~? 何か難しいことでも言いましたかねぇ。じゃあ、もう一度聞いてみましょう。あなた方は、この村の者ですかぁ?」


「……違う……」


 気付けばそれに自分が答えていた。それを口にして、それを耳で聞いて初めて自分が答えたのだと知った。答えなければやばいと、勝手に判断したのかもしれない。


「ン~、そうですかぁ。いえね、寂しかったのですよ。ここにわたくしが来てから、村の皆さんが一斉に逃げ出してしまったので」


 喋るな。喋らないでくれ。それ以上口を開かないでくれ。言葉が発せられる度に息が苦しくなる。呼吸の仕方を忘れてしまう。


「折角ショーを披露しに来たというのに……」


「……ショー……?」


 ティアラはとても話せる状態ではなかった。これ以上何か起きてしまえば、気を失ってしまうだろう。だから僕が何とか話をするしかない。でないと、何か言葉を口にしていないと、おかしくなってしまいそうだから。


「えぇ。まぁ、ショーと言っても、私がいつも楽しんでる『遊び』を見てもらうだけなのですが。……そうですねぇ。例えば――」


 そう言うとその男は、地面に倒れていた一人の男性の髪を掴んで持ち上げた。その男性を見て創は全身の血の気が引いた。


「……み、美孝……?」


 掴まれた男性の顔が創に向かれた。目は開かれ、目と口からは血が流れていた。もうとっくに殺されているのだろう。そしてその男は、あの美孝に似ていたのだ。


「う……んぶ……おえぇぇぇぇっ!」


 それを見るや否や、創は吐いてしまった。その男性は直接美孝に関係はないが、それでも急にこみ上げて来た。


「おやおや、どうしたのですぅ? 具合でも悪くなったのですかぁ?」


「……ハ、ハジメっ! 大丈夫!?」


 創のその姿にティアラもようやく声が出た。


「……だ、大丈夫……だよ……」


「ンッフフフフフ。では私が元気が出るよう、ショーを披露して見せましょう。すぐに終わってしまいますが、どうぞ目に焼き付けて行ってください」


 すると、その男はさっきまで掴んでいた頭を放り投げる。

 この村に動物が侵入するのを防ぐ為か、有刺鉄線が張られていた。そこに放り投げられた頭が突き刺さる。


「――ここをですねぇ、こうするんですよぉ」


 その男が男性の首周りを爪でなぞり始めた。そのなぞった痕から血が垂れてくる。

 それを創とティアラは黙って見ていることしか出来なかった。


 やがて首の周りを一周する。


「――ハイッ! 一周しましたぁ~。後はここをですねぇ~」


 男はこめかみに人差し指を突きつける。


「えいっ」


 そして軽く突っついた瞬間、その男性の首が、地面に落ちた。


「いやああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」


 ティアラが耳を塞ぎ、絶叫した。


「ンッハッハッハッハッ! サイコォーー! 実に最高ぉですねぇ! これを見てほしかったんですよぉ!」


 ティアラが絶叫している中で、それを笑い飛ばすように声を張り上げる。


「……な……な……」


 一体何が起きているのかまるで理解できない。いや、理解はしている。でも今目の前で起きていることが理解できない。人の首が取れた。子供みたいに楽しそうに、首を落とした。その光景が信じられなかった。


「どうですかぁ? これが私の『首落とし』という遊び、並びにショーですぅ! いかがでしたぁ?」


 創たちに感想を求めてくるが、勿論二人ともそんなことを言える状況じゃなかった。


「ン~? また無視ですかぁ? それは寂しいですねぇ。……では、軽く自己紹介でも致しましょうかぁ」


 またしても男性の頭を放り投げ、有刺鉄線に突き刺さる。


「――蒼の階段第一階、ハイド・ヘッドバッドと申します」


 ハイドは胸に手を当てて礼儀良くお辞儀をした。


「以後、お見知りおきを……」

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