chapter1-6 「記憶で描かれる英雄」
そこはあの時の異世界。僕はさっきまで自分の部屋で寝ていたはずだった。それが、誰かに呼ばれている声に応えて目を覚ますと、そこにはティアラがいた。周りを見渡さなくても、彼女がいるだけで違う世界にいることが分かる。
また、あの時の恐怖が蘇ってしまう。
「良かった……本当に良かった……。ごめんね、ハジメに伝え忘れていたことがあったの……」
「……それは、あの樹海のこと?」
「……ッ! 本当に……ごめんね……」
ティアラは涙を流しながら必死に謝罪を続けた。創が目を覚ましたことに安心したのか、創の顔を見ることが出来ず、ただただ泣き続けた。
「も、もう大丈夫だから! とにかく、ちょっと話を聞きたいな」
「……う……うん……」
***
創とティアラは取り敢えず『ヴィーネ』に足を運んだ。ヴィーネは小さな村だった。この村からすれば、ウォーズンエッジは都会のようなところなのかもしれない。村の中央には井戸のようなものがあり、子供が友達と一緒に駆けまわっていた。
「――それで、あの森は一体何なの?」
創はヴィーネにあるティアラの家にお邪魔することになった。
「……会った? そこにいた男に……」
「……会ったよ」
「なっ、良く本当に無事でいられたね!? 普通の人だったら……」
勿論、無事な訳がなかった。親切にしてくれたと思ったらいきなり斬られるし、殺されかけるし、とても無事ではなかった。でも、それは彼女には言えない。言えばきっと、また自分を責めて涙を流してしまうから。
「ティアラも、あの男に遭遇したことがあるの?」
「……二年ほど前にね、あの森に初めて入ったんだ。この村の近くにありながらその年で初めて入ったのは、あの無理に入ることを禁じられていたからなんだ」
それはきっと、樹海とあの男のことだろう。あんなのがいては、それは入るのを禁じるのは最もな判断だ。
「でも私はどうしても入ってみたかった。勿論、ただ森に入りたいんじゃなく、その先にあるウォーズンエッジに行きたかったの。この村からすれば憧れの街だから」
ティアラはテーブルにある水の入ったコップを両手で包むながら、少しこわばった顔で話を続けた。
「でも私がバカだった。森に入ったはいいものの、いつまで経っても抜け出せることが出来なかった。やがて日は暮れ、辺りも暗くなった。その時、ある男が前から歩いて来たの」
いきなり、ティアラがコップを包んでいた両手に力が入る。そこを偶然見ていた創の目が見開いた。
「その男は森から抜け出せる方法を教えてくれたわ。でもその後、いきなり斬りかかって来たの。私は必死になって逃げた。それでも彼は追いついてくる。どんなに走っても必ず追いついてくる。もう怖くて怖くて、頭がおかしくなりそうだった」
またティアラの目に涙が浮かぶ。彼女も創と同じ経験をしていた。あんなことは男も女も関係なく、恐怖のどん底へ突き落とされる。恐らく、ティアラも死を覚悟しただろう。
「でもそこに、駆け付けてくれた人がいたの。その人は私の幼馴染の少年だった」
「……え?」
「彼は必死にその男と戦った。体中を斬られ、ボロボロになりながらも私を守る為に戦ってくれた。そして、何とか一緒に逃げ切ることが出来たの」
その少年のことは素直に凄いと思った。二年前だと年齢的にまだ中学生くらいだ。そんな少年が劣勢だったとはいえ、あの男と戦ったことは勇気ある行動だ。そして生きてあの森を抜け出せたことは、何よりも誇らしいことだろう。
「……そうなんだ」
「彼もその森に入ったのは初めてだったから、私を見つけることが出来たみたい。『必死に血眼になって探したんだぞっ!』って、怒られちゃった」
コップを強く握っていた手から力が抜け、さっきまで恐怖で染まっていた顔からは笑みが漏れていた。
「その人は、今どこにいるの?」
「それは……」
途端にティアラは黙ってしまった。そこで黙ってしまえば、大抵の者は察しがついてしまうだろう。
「……ちょっと、いいかな……」
***
――創はティアラについていき、村の外れにある教会まで来ていた。
その教会の奥には墓地があった。日本の長方形型のお墓とは違い、少し丸みを帯びていた。そしてそこにあるお墓にはどれも十字架の石造も建てられていた。
「ここは、もしかして……」
「そう。さっきの彼のお墓だよ」
ティアラはそのお墓の前でかがんで花を供えていた。
「あいつさ、この前いきなりどっかに行っちゃったんだよね。私に何も言わずにさ……」
彼女に何て声を掛けたらいいのか分からない。きっと彼女にとってその少年は大切な存在だったのだろう。
「今この教会のシスターは出掛けていていないんだけど、彼女が言うに彼は、死んじゃったみたい」
その言葉にはとてつもない重みを感じた。それはティアラが一番感じているはずだ。
ティアラが花を供えた後、ポケットから何かを取り出した。
「それは?」
それは手のひらサイズの、金色に光る鐘のようだった。
「……これはね、昔あいつがくれた物なの。『もし危険な目に遭ったらこれを鳴らせ』って無理やり持たされたのよ。そして私はあの森でこの鐘を鳴らした。そしたらあいつ、本当に吹っ飛んで来たのよ」
ティアラは僕に話しているようで、僕に話しかけていないように見えた。お墓に話しかけるように、その少年に話しかけているようだった。
「いっつも自分勝手だった。私のことを心配して自分のことを顧みない。……まったく、私がどんなに心配していたか。あいつが私のことを心配している以上に、私があんたのことを心配しているって、気付いてほしかったんだけどなぁ……」
今ティアラが話していることはその少年との過去の思い出なのだろう。彼がいなくなってまだ日は浅いとな思うが、だからこそ、ティアラの心に色濃くそれが残っている。でもそれは、幾年の月日が流れても色褪せることはないだろう。
しかしそれが、逆に彼女の心を苦しませている。
そのティアラの後ろ姿を見ているだけでも、やはり種明さんに似ていた。
「そしてね、ハジメを見た時はびっくりしちゃった」
ティアラが笑いながら創に振り返った。
「……何で?」
「だってあんた――」
その時、彼女の口から驚きのことが聞かされた。
「あいつにそっくりなんだもん」
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