chapter1-5 「異世界アゲイン」
あの日から数日経ち、ようやく学校に行くことが出来た。
「――お、天津だ! もう大丈夫なのか!?」
「天津君、元気だった!?」
朝、教室に入ると先に来ていたクラスメイトが声を掛けてくれた。僕の周りに集まり、一時だけ有名人にでもなったかのようだった。中には話したこともない人もいたけど、そんな人でも僕を心配して声を掛けてくれた。それには正直、嬉しかった。
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」
ふと教室に入って来た生徒を見ると、結衣がちょうど教室に入ってきたところだった。結衣は創の視線に気付き、手を振って来た。創もそれに応えて手を振る。
***
「――うわぁ。やっぱそれ、痛そうだな」
今日から体育でプールの授業が始まる。更衣室で着替えていると、蓮が創の傷跡を見て顔を歪ませていた。創の腕と脇にはまだあの時の傷跡がくっきり残っている。
「今は特に何ともないよ。何かごめんな。こんなもの見せて。不快……だよな……」
こんな痛々しい姿、本当は誰にも見せたくはなかった。
「別に不快なんて思ってねぇよ。逆に何でそんなこと思わなきゃいけねーんだよ」
「そうだぜ、創。幸い女子とはプールが別だからな」
「そうだな。流石に女子には見られたくないからね」
美孝の言う通り、創のこの姿は女子に見られることはない。この学校にはプールが二つ設置してあり、授業では男子と女子で別々に使用することになっている。その為、創の傷跡が女子には見られることはないのだ。
(本当にプールが別々で良かった。こんな姿、種明さんにだけは見られたくなかったし。あ、でも、種明さんの水着の姿は、ちょっと見たかったかも……)
一瞬、頭の中で創は結衣の水着姿を想像したが、頭を大きく横に振ってそれを消そうとした。心なしか、少し頬が赤くなっているようだった。
「――そんなことより、今学期はこれでプールの授業は終わりなんだ。楽しもうぜ!」
「ああ。そうだな!」
今週末から夏休みに入り、体育の授業は今日で最後だ。夏休み明けもプールの授業はやるが、今学期はこのプールの授業はこれ一回しかない。先生の話によると、今日はほとんどの時間を自由時間にするらしい。だから、思いっきり楽しむことにした。
***
「――明日から夏休みが始まる。高校で初めての夏休みだからな、楽しみながら過ごすといい。夏はいろんなイベントがあるからな。夏祭りや花火大会、そして海。楽しいこと尽くしじゃないか。ま、楽しむのもいいけど宿題もきちんとやるんだぞ? 私は夏休みに入って速攻で宿題を終わらせることを勧めるよ。それじゃ、また二学期に元気な姿を見せてくれ。今日はこれで終わりだ」
今学期最後のホームルームが終わり、明日から夏休みが始まる。
「――なぁ。夏休み中、たまにはみんなで遊ぼうぜ!」
そんなことを美孝が言って来た。
「そうだね。せっかくだし、連絡を取り合って遊ぼうか」
「んじゃ、種明も誘わないとな」
「な、何でそうなるんだよ!」
蓮が近くにいる結衣にわざと聞こえるように言った。それに友達と喋ってた結衣が気付き、創たちのところに近づいて来た。
「なになに? どうしたの?」
「休み中たまにはみんなで遊ぼうって話が出てるんだ。それに種明さんも来ないかって話」
「おい、美孝っ!」
こんな男だらけの連中の集まりに種明さんが来るはずない。それにみんなと連絡を取り合うと言っても、種明さんの連絡先を知らない。
「えっ!? 私も一緒に遊びたいっ!」
「……え?」
とても予想外の反応だった。聞き間違いかとも思った。こんな可愛い女の子が僕たちなんかとつるむはずがないと、勝手にそう思っていた。その考えは彼たちにも失礼なのだが。
「楽しみだね~。……あ、そうだ。私まだ天津君の連絡先知らないんだった。良かったら教えてくれる?」
「えっ!? い、いいの!? お、教えるよっ! 何個でも教えるよっ!」
「いや、連絡先なんて普通一個しか無いだろ」
そんな美孝の冷静なツッコミは創の耳には届いていなかった。それよりも耳を疑うのが結衣の口から連発していたからだ。
(……ていうか、何で僕以外は種明さんの連絡先を知っているんだ?)
結衣は創と連絡先を交換した後、他の二人とも連絡先を交換する仕草を見せなかった。ということは、既に結衣は二人の連絡先を知っていることになる。それが創は不思議だった。いつの間に、自分の知らない間に交換していたのかを。
「――その前に宿題を早めに終わらせないとな~」
「だったら、みんなで集まって終わらせるってのはどう?」
そんな美孝に提案したのは、これもまた結衣だった。
「それ良いね。種明さん頭良いし、何気に頭が良い蓮もいるし」
「おい。何気にってどういう意味だ?」
まさか種明さんの方からこんな提案をするとは思わなかった。夏休み中に種明さんに会うことが出来るなんて、無理だと思っていた。
予想もしていなかった出来事に創は驚いていたが、これをしてくれた蓮と美孝に創は心の中で感謝をした。
「じゃあ来週の月曜日なんかどうだ? 俺も部活終わった後だったら参加出来るからさ」
「うんっ! 私は大丈夫だよ」
「俺も!」
「ぼ、僕も!」
「じゃ、決まりだな。場所とかはまた後で決めようぜ」
あっさりと予定が決まってしまった。これで確実に一回は種明さんに会うことが出来る。どんな内容でも種明さんに会うことが出来れば、それだけでいい。
***
「――はぁ……楽しみだな……」
その日の夜、ベッドに仰向けになっていた創が天井を見つめながら呟いていた。これから始まる夏休みに心を躍らせていた。
部屋の電気は消え、カーテンの隙間から僅かに月の光が創の部屋に差し込む。
(……ティアラ)
何故か一瞬、創はあの世界でのティアラのことを思い出した。急に、ふと思い出したのだ。
やがて徐々に瞼が落ちていき、視界が真っ暗な世界へと変わる。
***
「――て――きて――」
何処からか声が聞こえる。僕を呼んでいるような感じだ。
創は少しずつ目を開けた。
「あっ! 起きたのね、ハジメっ! 良かった~」
「……う……ん……」
ぼやける視界には涙を流している女の子がいた。創が目を覚ましたことに安堵の声を漏らしていた。創は目を擦り、ぼやける視界をはっきりさせる。そこでようやくその子が誰なのかを理解することが出来た。
「――ティアラ!?」
「……うん。そうだよっ!」
その子はあのティアラだった。でも今目の前に彼女がいることに創は頭が回らなかった。
「……な……何で、君が……」
起き上がって周りを見渡してみると、後ろには森があり、前方には村が広がっている。そして目の前にはティアラがいる。
「……嘘……だろ……」
これだけのものを見れば、ここはあそこしか考えられない。あの日、創が死の恐怖を経験した時の世界。
「……戻って来て……しまったのか……」
迷い込んでしまった世界に、創はまた戻って来てしまったのだ――。
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