chapter1-4 「重なる面影」


 気が付けばいつの間にか元の世界に戻ってきていた。いつも通りの景色で、あの男はいなかった。あの時と同じなのか、夜のままだった。


「……とにかく、家に入るか」


 創は家の扉を開けて中に入る。


「ただいまー」


「創! あんたどこに行って――きゃあっ! あんた! それどうしたのっ!?」


 母さんが僕のことを見て顔を青ざめていた。そして視線を自分の身体に向けた時、僕も驚いた。その身体は全身血だらけで今もなお、血が傷口から流れていた。


「きゅっ、救急車! あなた! 救急車呼んでっ!」


「一体何が――どうしたんだ、創! その身体は!?」


 創の父も母と同じような反応をした。当然と言えば当然だ。いきなり息子が全身血まみれで帰ってきたら、誰もが同じような反応をするだろう。

 こうしている間に、創の血は玄関を徐々に汚していく。


 あっという間に救急車が到着し、創は担架で乗せられた。創の両親も一緒に救急車に乗り、病院へ向かった。



 ***



 ――そして病院へ着き、針を縫うことになった。幸い早急の措置だった為、出血多量にならずに済んだ。取り敢えずしばらくの間は学校を休み、病院に入院することになった。

 その後も警察が創の元を訪れ、事情聴取をした。一体何があったのか、その詳しい事情を聞かされた。しかし創は、「覚えてない」ということしか言えなかった。本当は忘れるはずもない。忘れたくても忘れられない記憶。それでもあの出来事はこっちの世界では非現実的なこと。言ったところで信じてはくれないだろう。

 今でもあの出来事が夢のように思える。出来れば、あれが夢であってほしかったが、あの時の出来事がこっちに帰って来てからも、その怪我が引き継がれている。ということは、あれは間違いなく夢ではなく現実と言える。



 ***



 ――あれから数日経ったが、あの世界へ行くことはなかった。本当にあれは何だったのだろうか。このまま何事もなく過ぎればいい。そんなことを思っていた。


 すると、病室の部屋が開いた。


「――よう。怪我の調子はどうだ? 創」


「蓮! 来てくれたのか」


 部屋に入って来たのは連だった。今の時間は午後五時。学校は終わっている時間だった。さらに、お見舞いに来てくれたのは蓮だけではなかった。


「お、何か元気みたいだな。創」


「美孝!」


 そこには美孝も来てくれていた。そしてもう一人、創にとって意外な人物が訪れた。


「こんばんは、天津君。怪我、大丈夫?」


「種明さん!? え、何で?」


 彼女の名前は種明結衣たねあけゆい。実は創が密かに想いを寄せているクラスメイトだ。と言っても創は結衣とはあまり話をしたことがない。だから、いくら入院しているからいっても彼女が来るとは思っていなかった。


「俺が呼んだんだよ。男だけじゃ花がねぇと思ってな。ま、お見舞いの花の代わりってことで」


「人をそんな扱いをするのはどうかと思うよ。まぁ確かに嬉しいけど」


「それより天津君、怪我は大丈夫なの? 先生から重症だって聞かされたんだけど」


「あ、ああ、うん。何とか大丈夫だよ。ありがとね、心配してくれて」


 正直、種明さんが来てくれたのは嬉しかった。突然すぎて何話したらいいか分かんないけど、死にかけて生き残ったご褒美ってことにしておこう。じゃなきゃやっていられない。


「――それで、本当に何も覚えてないのかよ。何か少しでも思い出したことがあるとかないのか?」


 本当に蓮は心配してくれているんだろう。こんな不安そうな顔を見たのは久しぶりだ。


「……誰かに襲われたということしか思い出せない……かな……」


 嘘は言っていない。本当は全て覚えているが、これくらいしか信憑性はないだろう。事実であることには変わりはないのだから。


「それっ! 警察には言ったのかよ! 一番重要なことじゃねぇかっ!」


「美孝君落ち着いて。ここ病室だから」


「あ……ごめん。つい……」


「でもこれは言わなくていいんだ」


「どうして?」


 結衣が訪ねて来た。


「……犯人は、見つからない気がするんだ。何となくだけどね」


 恐らく、国際指名手配してもあの男を見つけることは出来ないだろう。何せこの世界の住人ではないのだから。それに、仮に見つけたとしても捕まえることなど出来ない。逆に殺されてしまう。追うのなら軍隊でも引き連れて行かないとどんな地獄絵図を見せられるか分からない。だから彼を見つけることは出来ない。


「……謎の事件だな。本人がこんな目に遭ってんのにその犯人を捕まえることが出来ないなんて。本当に、ただ運が悪かったって言って片付けるしかないのか……」


 蓮のその目は怒っているように見えた。余り表には出さないが、こういう時の蓮は静かに闘志を燃やしている。ここまで頼れる友達は、果たして生涯かけてもそうそう巡り会えるわけではない。


「でも、みんなありがとね。そしてごめん、心配かけて。来週には学校に行けるから」


「そんなっ! 天津君が謝ることじゃないよ! 天津君は何も悪くないんだから。だから、今は早く怪我を治して来週また元気に学校に来てね」


 ああ。その笑顔だ。僕は君のその笑顔に惚れたんだ。余り関わりがない人でも友達のように心配してくれるその優しさもそうだけど、何よりも、腐りきった心を明るく照らしてくれるようなその笑顔に、僕は惚れたんだ。


「……ん?」


 創は結衣の顔をじっと見つめる。


「あ、天津君? どうしたの?」


「怪我でもして変態にでも目覚めたんじゃね?」


 美孝が創のことをからかっていたが、その声は創の耳には届いていなかった。


「……ああっ!」


「わっ! ……何? どうしたの?」


「あ、いやっ! ごめん、何でもない!」


(そうだ! 種明さんだ! ティアラに似ている人!)


 今はもう夢のように感じるが、あの世界で会ったティアラが結衣に似ていたのだ。顔立ちとか、雰囲気とか。性格は似ていないが、ただ何となく、彼女と似ていたのだ。


(でも偶然だな。彼女の知り合いが僕に似ていて、僕の知り合いが彼女に似ている。本当にただの偶然なのか?)


 創のモヤモヤは晴れたが、何か違和感だけが心に取り残された。


「おい、変態。あんまり見つめてやんなよ。嫌がってんじゃねぇか」


 ごめんと言いつつも結衣を見つめ続けていた創を蓮が止めた。結衣が困っているのを見ていられなかったのだろう。


「あっ、本当にごめんっ!」


「い、いいよ! 気にしてないから!」


 つい頭の中の彼女と種明さんを比べてしまっていた。結局その違和感は解決することが出来なかった。こういうのは考えてもダメなのだろう。

 そもそも、ティアラはあの樹海のことを知っていたのだろうか。あの森に初めて訪れた人は彷徨い続ける樹海に変わることを。もしあの樹海を彼女が遭遇していたら、あの男に間違いなく殺されている。それとも彼女の時はなかったのか、あるいはグルか。いや、そんな疑うようなことを考えては失礼だ。余り思い出さないことにしよう。


「――さてと、俺たちそろそろ帰るから。ゆっくり休んで怪我治せよ」


「じゃあな、創!」


「また学校でね。天津君」


「うん。今日はありがとね」


 三人は病室を去ってしまった。窓の外を見ると、いつの間にか空はすっかり暗くなっていた。


「……今日は種明さんとちゃんと話せてよかったな。来週、蓮にお礼を言っておかないと」


 あの時見せてくれた結衣の笑顔を頭に浮かべながら、創は瞼を閉じた――。


 

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