無言
まさか無言の襲来で世界が滅ぶなどと予想した者はいまだかつて一人もおるまい。しかし事実はそうなのだ。無言は文字通り音もなく忍び寄り、容赦なく世界を滅ぼすのである。
彼は代理出産で生まれた。待望の我が子を初めて見た美男美女の夫婦は、「なんて不細工。私たちのどちらにも似ていない。返品する」と言って、代理出産をした貧しい黒人女性に赤ん坊を押し付けようとしたが、さすがに拒否された。赤ちゃんにクーリングオフはないのである。
なぜ彼は両親に似ていなかったのだろうか? 実は夫婦のどちらともが配偶者と知り合う前に大幅な美容整形を顔面に施していて、それを互いに隠していたのである。
日本に帰国した夫婦は出生届も出さずに、我が子を某病院に設置されていた赤ちゃんポストにこっそり捨てた。
彼の体重にセンサーが反応して、ナースルームのブザーが鳴った。
「また新生児が捨てられた。どうしてこう世の中にはひどい親が多いのかしら。世も末ねえ」などと世相を嘆きながらポストを開けた看護婦長は、赤ん坊の顔を見て思わずつぶやいた。「まあなんて不細工なんでしょう。これでは捨てられるのも無理ないわ」
外見で人を判断するのは間違っている。その通りである。まして産まれたばかりの無垢な赤子である。多少造作に難があるとて、可愛くないはずがない。理屈ではそうである。しかし、ものには限度というものがあった。決して畸形ではなく器質的障害があるわけでもなく、あくまでも正常な人間の範囲内に置いて、彼の不細工さは高純度のクオリティを達成していたのだ。
病院で検査を受け、健康体であることが確認された彼は、しかるべき手続きを経た後施設に預けられた。施設というのはつまり孤児院である。ここでは仮にその孤児院の名を「ちびっ子ハウス」としておこう。
気の早い読者の中には早くも涙腺を緩ませておられる方もおいでかもしれないが、残念ながら彼は他の子供たちから苛められることもなく、世間の心無い差別に心をひねくれさせることもなく、ごく平穏な少年時代を過ごした。
唯一つ、あの事件を除い
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