さらし首再び
広域農道南側現場の調査結果に基づいて第二回説明会が招集された。レーベル、オブチ、エコユニバーサル、円など第一回説明会に出席した会社が再びリストアップされた。さすがに二度目となるとどの会社も「たまたま流しのダンプに騙された」とは言い訳できなかった。前回を上回る出席者で事務所二階の会議室は満場になった。
「こんなことを何度もやられたら会社が潰れますよ」レーベルの万年工場長は会議の規模にびっくりしていた。
今回も伊刈は実名の資料を配布して調査結果を説明した。前回にも増して詳しいチャートを見せられて出席者は唖然とした。そこには業界関係者も知らなかった不法投棄シンジケートの全容が示されていた。伊刈は前回と同様に不法投棄に関与した業者を一人ずつ立たせて関与を認めさせ撤去を約束させた。どの業者も黙して語らず深々と頭を下げるばかりだった。会議終了後、伊刈は特別に招待した栃木県と福島県の担当者にさらに詳細なチャートを渡した。
「不法投棄の組織が広域的だとなんとなく警察から聞かされていましたが具体的な組織図を示されたので改めて驚きました」福島県の相馬が感慨深く述べた。栃木県の鴨田も同感だった。
撤去工事は今回も記者クラブに公開され、広域農道沿いの撤去現場では朝からテレビカメラが場所取りをし、新聞記者も思い思いの場所に散開していた。ユンボがスタンバイし産廃を積み出すダンプも待機した。
「九時から撤去工事を開始します。本日の搬出はダンプ二十台の予定です。工事は明日も続きます。報道機関の皆さんは指定されたラインより中には入らないでください。工事が終わるまでは工事関係者への取材はご遠慮ください。それではこれから撤去工事を開始します」伊刈が工事開始を宣言するやユンボが不法投棄された廃棄物をえぐった。たちまち運転席の窓がかすむほど湯気が立ち上った。不思議なことに撤去させられている業者に悪びれた様子は微塵もなく、嬉々として作業を続け、工事の段取りなどときおり伊刈の判断を仰ぐ場面もあった。
毎朝新聞の笹川は少し離れた場所で工事を見学している風体のいい中年の男を見つけた。取材は工事終了後に解禁されることになっていたが、作業に従事していなかったので笹川は名刺を渡した。
「ああ新聞社の方ね」
「工事に関係されている会社の方ですか」
「社名は言えないけどね。うちの社長があいつに惚れこんじゃってさ、なんでも協力してやれって。うちの社長がそんなこと言うなんて初めて聞きましたよ」
「伊刈さんのことですね。どうして惚れこんだんですか」
「不法投棄をやった業者だっていうのに俺を信用してくれたって言うんですよ。すげえやつだ、あいつには逆らうなって。しかもこっちの立場も懐具合も全部お見通しで顔立ててくれるし、できない命令はしませんからね。仁義がわかってるってことですかね。言っちゃあなんだけど普通のお役人じゃない。ヤクザ役人だね。だって本物の極道が言うこと聞いちゃうんだから」
各メディアは「今年最大級の自主撤去工事」と報じ、作業に従事する産廃業者の姿が放送された。
一週間後、伊刈は撤去が終わった南側現場をぐるりと鉄条網で囲んで封鎖させた。この撤去工事を境に犬咬の夜に不思議な静寂が訪れた。あれほど隆盛を極めていた組織的不法投棄が市内から撤収したのだ。十年以上もこの問題に悩んできたことが嘘のようだった。本課のチームゼロのメンバーはこの奇跡を成し遂げたのが環境事務所の四人だと知らなかった。それでもまだ解けていない謎は多かった。大久保と一松はついに姿を現さなかったし安座間との関係もわからなかった。高峰が言っていた栃木の親分の正体もわからなかった。この奇跡はジャーナリストの想像力を凌駕していた。伊刈の噂を聞きつけてドキュメンタリーを企画したJHKの人気番組「チャレンジャーX」の逸見ディレクターは、土壇場になってそんなこと一人の担当者の力でできるはずがないと取材を中止してしまった。しかしほんとうに赤壁から曹操の大水軍が一瞬にして消え去るような奇跡が起こったのだ。伊刈は不法投棄現場の諸葛孔明だった。
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