妖婦

 円の安座間が自ら環境事務所に電話をかけてきた。「ずいぶんいろいろ調べているようね。私にもお声がかかるのかしら」

 「パーティの招待状はこれから届けるつもりでした」

 「招待状なら届いたわ。エコユニバーサルの吉田社長がうちで11台片せって言うのよ。どこかでお会いできないものかしら」

 「お伺いしてもいいですよ」

 「犬咬に寄るついでがあるんだけどそこは殺風景できらいよ。どこか二人きりでお話しできるところとかないかしら」

 「コーヒーくらいなら事務所でお出ししますよ」

 「あなたはいいんだけどほかの人はちょっとね」

 「朝陽駅前にスローライフという喫茶店があります。そこでどうですか」

 「わかった。三十分後でいいかしら」

 きっかり三十分後、安座間はスローライフに現れた。ゴルフ帰りなのか白いショートパンツに白いセーターという軽装だった。駅前広場を占有するようにベンツが停められていた。運転手の若い衆は車内に居残っていた。

 安座間は席につくなりこれ見よがしに伊刈の前で生脚を組んだ。

 「コーヒーをもう一つ」バイトのエリが冷タンを持ってくると伊刈が安座間の分も注文した。

 「吉田さんに会ったそうね。彼かんかんだったわよ。何をしたの」

 「撤去のお願いをしただけですよ」

 「そうかしら。役人から脅迫されたのは初めてだったって言ってたわ」

 「どっちがですか」

 「十一台だって言うけどそれっぽっちでいいのかしら?」

 「どういう意味ですか」

 「だってそれくらいじゃ吉田にとったら鼻くそにもならないよね」

 コーヒーを持ってきたエリが下品な言葉にびっくりして安座間の顔をまじまじと見た。

 「私のことじゃないわよ、お嬢さん」安座間はすかざすエリに微笑みかけた。

 「円への委託分全部だと300台くらいの撤去ですか」伊刈は吉田が金庫に保管していたマニフェスト綴りの厚みから台数を推定した。

 「まあ」安座間が驚いたような顔をした。

 「はっきりさせておきたいんですが今回の不法投棄は円がやったんですか」

 「そんなことどうだっていいじゃないの」

 「吉田にケツを持たされる弱みでもあるんですか」

 「そういう言い方、伊刈さんには似合わないわね」

 「今回の不法投棄は根津商会がやったんですよね」伊刈はわざと根津商会の社名を出した。

 「あらまあ」安座間は再び驚いた顔をしたが今度はどこか演技っぽかった。

 「根津商会をご存知ですよね」

 「知ってるわよ。伊刈さんに嘘は通用しないからね」

 「どんな会社ですか」

 「どうせなんでもお見通しでしょうから言うけど、うちの名義て運んでるのよ」

 「事情があって許可が取れないってことですね。たとえば社長が執行猶予中とか」

 「たとえばは要らないんじゃないの。そのとおりよ」

 「社長はなんて名前でしょうか」

 「もう調べているんでしょう」

 「面白いことに根津商店の社長は三人います。藤堂、大久保、それに金剛産業のオーナーの一松です。ただ一松は最近逮捕されています。大久保にも逮捕暦がありますね」

 「ありふれた名前ばかりだわね」

 「はぐらかさないでください。嘘はつかないと言ったばかりじゃないですか。円はエコユニバーサルの荷を金剛産業に運んでいたんじゃなかったんですか」

 「いま言った三人とも社長なんじゃないかしら」

 「つまり根津商会は三つある」

 「もっとあるのかも」

 「どうしてそんなことになるんですか」

 「同じ社名をつけるのが流行りなのよ。うちみたいだと目立つでしょう」

 「大久保が社長の根津商会は栃木にあるんですね」

 「そうね」

 「そこにエコユニバーサルからの持ち出しを頼みましたね」

 「そんなことどうでもいいじゃないの。私は吉田さんからオブチから持ち出した十一台を撤去するようにと言われただけなのよ」

 「オブチからの持ち出しは円のダンプでやってます。神田工場長から借りた帳簿でナンバーを確認しました。不法投棄されたのはエコからの持ち出しですよ。ただ不思議なのはオブチとエコの荷が混ざっていません」

 「なぜエコを経由したと思うの?」

 「神田さんはダンプの車番を控えていて知らないダンプを入れません。逆にエコの豊洲さんはノーチェックでした」

 「なるほどね。だけどエコの帳簿に載っていないダンプが十一台あったんでしょう」

 「現場に来たのは十一台だったんですがエコの帳簿に載っていないダンプが同じ十一台だったのは偶然だと思います」

 「そこまでわかっていて十一台だけだと言って吉田さんに撤去を約束させたのね」

 「利口な方ですよ。十一台はエコからは不法投棄されていないって知ってて撤去を約束したんです」

 「あなた相変わらずすごいわね」

 「大事なのは撤去です」

 「根津商会がやったという証拠はどこにあるの」

 「大杉という名前の運転手をご存知ですか」

 「わからないわ」

 「大久保さんの倅さんだと聞いていますが」

 「それがほんとならよく調べたものね」

 「一つご相談があるんですが」

 「何かしら」

 「エコユニバーサルが切ったマニフェスト(産業廃棄物管理票)のB1票(収集運搬控え票)が円に残っていますよね」

 「あるわよ」

 「その写しをいただけませんか」

 「それをどうするの」

 「円のダンプで運搬した台数と根津商店が名義借りで運搬した台数を確定します」

 「そんなことできるの」

 「車番が書いてありますから簡単です」

 「私に墓穴を掘って自分で入れと言うのね」

 「真相を確かめたいだけです」

 「マニフェストはあげる。真相はどうあれ吉田さんが約束した十一台はうちが片すわよ」

 「根津商店には片させないということですね」

 「契約上はうちなんだからかまわないでしょう」

 「白馬の騎士になる理由はなんですか」

 「リボンの騎士と言ってよ。でも誰かをかばってるわけじゃないわ。うちの責任だと思うから片すだけよ」安座間は同業の匂いを感じたのか、ママの顔を一瞥して店を出て行った。

 コーヒーカップを下げに来たママが帰ろうとする伊刈の前に座った。

 「伊刈さん、今の人は?」

 「仕事の関係です」

 「まだ香水の匂いがする。エゴイストプラチナ(シャネル)ね。男のつける香水だわ」

 「僕にはわかりません」

 「あぶない匂いだわ」

 「大丈夫ですよ」伊刈は苦笑いしながら立ち上がった。

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