ケガの功名
いよいよエコユニバーサルに立ち入ることになった。気合十分の伊刈は自らXトレールのハンドルを握った。ところがハプニングが起こった。首都高から外環道を経由して関越道沿いにある処分場に向かうべきところ、考え事をしていたせいか東北道へと直進してしまったのだ。
「ごめん、うっかりしてて東北道に入っちゃったよ」
「やっぱりそうでしたか。おかしいと思ったんですが」遠鐘が応えた。
「次のインターで引き返せるかな」
「川口では出られないす。高槻からUターンしても時間のロスが大きいすね」長嶋が言った。
「東北道から関越道に転換する道路があったよな」
「北関東道すか。それだとかなりの遠周りす」
「下道から関越に行けないかな」
「それも遠いですよ。それならまだ引き返したほうがいいんじゃないですか」喜多が言った。
「エコの本社だったら東北道から行っても遠くないです」遠鐘が言った。
「それじゃあ順序を逆にして本社の検査を先にやればいいってことか」伊刈がこれだとばかりハンドルを叩いた。
「時間変更して大丈夫ですか」喜多が心配そうに伊刈を見た。
「処分場を先に見ておきたかったけど本命は本社だ。この際しょうがないか」
伊刈は東北道の北上を続けた。このハプニングが思わぬ怪我の功名になった。
ありふれた住宅街の中にエコユニバーサルの軽量鉄骨の事務所があった。すぐに二階奥の社長室に通された。デスクチェアに座ったまま出迎えもしない吉田はやり手のワンマン社長という印象だった。吉田は通名(在日特権として公的使用が認められている日本名)で、噂では「日本人が嫌いだから不法投棄をやってる」と公言するような人物だった。
「道を間違えたのでこちらの検査が先になってしまいました。豊洲工場長には何度も来ていただいているのですが、いろいろわからないことがあるので、社長に直接お話を伺いに参りました」伊刈にしては丁寧な挨拶をした。
「別に悪いことはしてないつもりだ」吉田は不機嫌そうなタメ口で応じた。
「先日オブチに行ってマニフェストと計量伝票の写しをもらいました。それとこちらの帳簿を照合したいのですが」
「なんのために?」吉田は油断ない目つきで問い返した。不快感を隠そうともしなかった。
「オブチから出たダンプがこちらの工場に入ったかどうか確認するためです」
「マニフェストがあるなら入ったに決まってるだろう」
「それを照合したいのです」
「マニフェストは工場にあるよ」
「最近のものは後で工場に伺ってから確認するつもりです。請求が終ったものはこちらに保管されているんじゃないですか。それを拝見できますか」
「ふうん」吉田社長はちょっと考えるそぶりを見せた。「いつごろのを見たい」
「犬咬で不法投棄があったのは一月です」
「確かにその時期の綴りならここにあるよ」
「それを拝見できますか」
「見せる必要はないだろう。うちがなにかやったっていう証拠があるのかね」
「オブチに入った荷は全部こちらの工場に持ってきているそうですね。しかし実際には不法投棄現場でオブチだけを経由した産廃が確認されています。逆にオブチを経由せずにこちらを経由した産廃も確認されています」
「何が言いたいのかわからん」
「こちらで受注した産廃がオブチ経由に変更され、そのまま不法投棄現場に行ってしまった可能性があると思っています。それを確認するにはオブチの帳簿とこちらの帳簿を照合する必要があります」
「ほう」伊刈のストレートな説明に吉田社長はうなった。「それはあくまであんたの頭の中で考えたことだろう」
「オブチの帳簿では毎日十便こちらに出していました。それが全部こちらに入ったかどうか帳簿で確認したいだけです。それで疑念が晴れるんです」
「疑われる余地などないし見せる必要もない」吉田は帳簿を出し渋った。
「オブチの帳簿をご覧になりますか」
「興味ない。オブチが何をやろうと俺の知ったことじゃないよ」
「そうでしょうか。マニフェストがこちらあてに切られているのにオブチに搬入されているのは問題じゃないですか」
「何が問題なんだ」
「マニフェストの虚偽記載になります」
「ちゃんとうちに運び込まれてる」
「こちらでマニフェストを確認できなければ客先に確認することになります」伊刈と吉田のかけひきが続いた。
「それは脅かしてるつもりか」
「疑問が晴れればいいんです」伊刈はオブチから得た情報を小出しにして吉田を追い詰めていった。
「わかったよ」吉田は伊刈の粘りに負けた。「何を出せばいいんだ」
「オブチからの受け入れ台数がわかる帳簿です」
「ちょっと待ってろ」吉田は事務員に耳打ちして売掛帳の一部分をコピーさせた。
「これでいいのか」
「これではよくわかりません。この前のページはありませんか」
「なんで前のページが必要なんだ」
「せめて一か月分全部見せていただけませんか」
「わかったよ」伊刈が吉田のガードを切り崩し始めた。他のメンバーの出る幕はなく伊刈と吉田のタイマン勝負が続いた。
「これでどうだ」
「ありがとうございます」伊刈は吉田の出した書類を確かめもせずにそのまま喜多に渡した。「オブチの書類と一台ずつ照合してみて」
「班長これです」喜多はオブチから出たはずなのにエコの帳簿に載っていないダンプをたちまち発見した。伊刈の見込みどおりだった。
「なるほど」伊刈は大きく頷くと吉田に向き直った。「一か月分だけの確認ですがオブチの帳簿とこちらの帳簿ではダンプの台数が十一台合いませんね」
「そんなことはないよ」
「いいえオブチから出たのにこちらに入っていないダンプが、この時期に少なくとも十一台あります」
「あんたら何を証明しようってんだ。結論を先に言ってもらいたい」吉田はじりじりと押されているのが不愉快そうだった。その一方で伊刈の検査の手際に感心した様子も見せた。
「この十一台が不法投棄現場に流出した可能性があります。不法投棄をしたのは円かもしれないし根津商会かもしれません。しかしオブチとエコユニバーサルにも責任があると思います」
「根津商会ねえ、そんな会社聞いたことがないねえ」吉田は苦い顔をした。
「円は深い関係の会社のようです。こちらとの取引関係はないのですか」
「うちは円としか契約していないよ」
「円が契約して根津商会のダンプが実際には来るという可能性はどうですか」
「そんなのわかるわけないじゃないか。車両の名義までいちいち確認しないだろう」
「マニフェストはすべて円で切ってるんですね」
「そうだよ」
「円あてのマニフェストを拝見できますか」
「なんでそこまで見せる必要があるんだ」
「B2票(マニフェストの収集運搬確認票)はオブチには返送されないんです。こちらで確認できないなら排出元に確認せざるをえません」
「なるほど」吉田は伊刈をまっすぐに見据えながら額の汗をぬぐった。
「マニフェストは工場からこちらに引き上げているはずですよね」
「マニ伝を見せれば納得するのかい。円のならここにあるよ」
「金剛産業あてにこちらで切った二次マニフェストもありますか」
「あ?」
「豊洲工場長から円は金剛産業に運搬したと説明していただいております」
「そういうことならそれもあるだろう」
「出していただけるんですね」
理詰めで書類の存在を特定していく伊刈のしつこさに辟易し、吉田は背もたれのついたレザーのデスクチェアをくるりと回転させてデスクの後ろにある黒扉の大きな金庫の方を向いた。金庫から何を出すつもりなのかと伊刈も惑々した。金庫の中には円から金剛産業あてに振り出したマニフェストのB2票とD票がきれいに揃えて保管されていた。わざわざ金庫にしまわなければならないほどやばい書類だったのだ。
「円のマニフェストは全部ここだよ。あんたが消えたという十一台だが、ちょっと待てよ」吉田社長は数百枚ありそうなマニフェストを自分で点検し始めた。束ごとを渡す気はなさそうだった。
「あんたの言うマニ伝はこれだな」
「オブチから円が持ち出したうち十一台はマニフェストがあるのに帳簿には載っていないってことになるんですね」
「そういうことになるのかもな。これが不法投棄されたって言いたいのか」
「円に切ったマニフェストは全部で何枚ですか」
「それはもういいだろう」吉田はこれ以上は見せられないとばかりマニフェストを元の棚にしまって金庫の黒扉を閉じた。
「現場から十一台撤去してもらえますか」
「それだけでいいのかい」
「今回はそれでよしとします」
「あんた噂どおりのやつだな。こっちの県庁には通報しないと約束できるかい」
「撤去していただけるならこれ以上追及しません。ただし県庁のほうから問い合わせがあれば役所同士のことですから情報提供しないという保証はできかねます」
「ふんなるほど。今度だけはあんたを信用するよ」
「ありがとうございます。豊洲工場長さんがお待ちですので、これから工場に参ります」
「話はもうついたんじゃないのか」
「工場は拝見しておきたいですから」
「せっかくだから下まで見送ろうか」吉田は渋い顔で立ち上がった。
下道をひたすら真西に走り関越道の花園インターに近いエコユニバーサルの中間処理施設に到着したのはもう夕方五時近くだった。四時間の遅刻で豊洲はじりじりしていた。社長と会っていたのでは仕方がないと思ったのか苦言は呈さず調査チームを出迎えた。
広いヤードを備えた破砕処分場はきれいだった。用心深い吉田の指示でわざわざ清掃したことがありありと伺えた。在庫をどこに片したのかヤードはほとんどからっぽでコンクリートの叩きがてかてか光っていた。場内は点検するまでもなかったので書類を点検した。豊洲が管理しているマニフェストはオブチの自社便分だけで円が関与したものは一枚もなかった。
「円のダンプも来てたんでしょう。どうしてマニフェストは本社管理なんですか」伊刈があらためて豊洲に質した。
「わかりません。円の仕事はノータッチですから」
「ノータッチということは円のマニフェストは最初からこっちには来ないってことですか」
「そうです」
豊洲にとって円は幽霊のようなものだった。円の仕事は社長との直接取引で彼は全く蚊帳の外だったのだ。
「円はエコ名義で二次マニフェストを振り出してもらっておいて、実際にはオブチから積み出して不法投棄へ直行してしていたんじゃないかと思いますよ」
「いえそれは違います。マニフェストは来なかったけど円のダンプはこっちに来てました」
「いったんここに置いてから、また持ち出したってことですか」
「そうです」
「いったん置いてまた出すのはムダじゃないですか。持ち出しは円ではなく根津商会がやってたのかもしれませんね。円のダンプかどうか確認してましたか」
「円のことは私は何もわからなくてね」
「いいように騙されたってことですね」
「円め」豊洲は恨み言をもらした。円のせいで不法投棄事件に巻き込まれたと本気で思っている様子だった。
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