透明人間逮捕
早朝八時、逸島沙織の運転するベンツが龍咲ゴルフクラブのロータリーに停まった。マチュアゴルフ大会が開かれる当日で、クラブハウスは出場者と見学者で雑踏していた。助手席から降りた嵐山に三人の黒服の男が音もなく近付いた。
「嵐山さんだね」
「なんだよ、おまえら」
「茨城県警だあ」男の一人がバッチをちらりと見せた。
「そういうことか。俺はこの大会のディフェンディングチャンピオンだぜ。ラウンドが終わるまで待っててくれねえのか」
「フダ(逮捕状)が出てんのでな、とりええず別室へ来てもらえっか」男の口調はクレッシェンドがかかった茨城弁だった。
「俺はもう足を洗ったんだよ。いまさらどこの捨て場のことだよ」
「いま捨て場と言っだね」
「ああ言ったよ。それがどうした」
「海城町の捨て場だべ」
「なんだよ犬咬じゃねえのか。海城なんてよ、ダンプ百台かそこらじゃねえかよ。そんなけちな捨て場でパクんならさっさと犬咬でパクれよ。あっちはよ十万台は入れてんだぜ」
「それがほんどなら余罪追求させてもえっかな」
「罰金でもなんでも払うからさっさと済ましてくれよな」
「とにかくこっちさこいや」
「ちょっと待てよ」嵐山はベンツの運転席に近付いた。「沙織、おめえ俺の代理でトロフィー返したらベンツ乗って帰れ」
「あんたは」
「俺はそうさなあ、一年ばっか留守にすらあ。おめえは柿木に世話んなって待ってろ」
「わかったよ」
「心配いらねえよ。シャバよりかえって安全だわ」嵐山は三人の刑事に囲まれながら悠々とクラブハウスに消えた。ロビーにいた常連の客がチャンピオンの嵐山に声かけしようとして刑事の険しい目つきに気付いて引き下がった。
「嵐山がとうとうパクられました。逮捕状が執行されたのは茨城のゴルフ場のクラブハウスだったそおす。相棒のアラン(ムハンマド・アッラーム)も自宅で確保されました」長嶋が監視班の全員に聞こえるように嵐山の逮捕を報告した。
「やっとか。できることなら犬咬であげてほしかったけど、これでほんとに静かになるな」伊刈が応えた。
「円にもガサ入れがあったみたいす」
「とうとう年貢の納め時だな」
「そおっすね」
「安座間の正体はまだはっきりとわからないのかな」
「所轄でもたいしたネタは集めてないみたいすね。親分の妾の子だとか、本部長の愛人だとかいろいろ噂を聞きますが、どれもガセっぽいっす」
「円の本社の近くに大耀会系の事務所があるというのは」
「組との関係は不明すね。ただ犬咬の右も左もわからないとか言ってましたが、こっちの連中とはずっと付き合いがあってアイドルみたいなもんだそうすよ。安座間と遊んだことがあると自慢するチンピラもいるみたいすね」
「ヤクザの女には間違いないか」
「姐御気取りすからね」
「あの美貌ならヤクザでなくても波乱万丈だろうな」
「逮捕される前に会っておきますか」
「まだ逮捕されてないんだ」
「運転手が一人現行で引っ張られただけす。そいつが黙秘してるらしくて。でもガサ入れはやったそうすから逮捕は時間の問題すね」
「パクられた捨て場わかるかな」
「筑浪山の近くの牧場だそうす」
「やっぱり向こうも畜産系の土地が狙われるのか」
「手口はどこも同じっすよ」
伊刈はすぐに安座間の携帯に電話して立入調査をすると通告した。
「来たいのならいつでもいいわよ。だけど警察が書類はみんな持っていってしまった
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