【短編】悲哀のラスボス戦【2500字】

ハル

第1話


「この技を受けてみろ、はああっっ」

「グワアアアァァ」


 私の渾身の必殺技を食らって、ようやく敵の一人が地面に倒れた。残るは三体。

 こちらは、私一人だ。

 ただし、もともと一人だったわけではない。この戦闘が始まったときには、私を含めて四人いた。しかし、仲間の三人はこの強敵たちにすでに倒され、そばで屍となっている。

 敵はいずれも手練れではあるが、とりわけ首領格らしい真ん中のヤツが圧倒的に強い。死んだ三人のうち二人はコイツ一人にやられたのだ。


 私にはこれが最後の戦いとなるだろうということは分かっていた。勇者対ボスの戦い、いわゆるラスボス戦である。

 もし私がこの戦いに勝てば、再びこの世界に平安が訪れることになるだろう。そして、それがこの地に住む者たちの願いであり、私の責務でもある。

 そのために、今、私はこの最後の戦いに勝利しなければならない。

 だが、それは容易なことではない。

 この敵は、今までに私が闘ったことのないくらい強い。すでに仲間たちは殺され、助けを呼ぶ余裕も逃げ出す余裕もない。


 (回復呪文を習っておくべきだったか……)


 一瞬の後悔が私の胸をよぎる。

 以前、仲間に忠告を受けたことがあった。皆を束ねる立場の私がどんなときでも生き延びることができるよう、初級でもいいから回復呪文を覚えておけと。

 しかし、私はそれを断った。

 私は、そのときすでに世界最強と言っていいレベルだった。おまけに、そばには自分を助けてくれる頼もしい仲間がいてくれる。そんな私が女々しく回復呪文などに頼りたくもない。

 そして、事実、私はどんなときも、どんな敵を相手にしても勝ってきた。


 今日、この者たちと闘うまでは。


「これでも喰らいやがれ!」

 

 敵の一人が、目をくらませるような光を放ち、その隙に、残りの二人が、激しく燃え盛る火の玉を投げつけ、剣で切りかかってくる。

 私はそれを完全にはかわしきれずに、また傷を負った。


 (クッ、卑怯な手を……)


 これまで致命傷を受けずにはすんでいるが、だんだん体力を削られ目がかすんでくる。このままでは長くは持たない。


「フン、他愛もない。もう限界か? まさかこの程度だったとはな。期待はずれもいいところだ」


 敵の首領が話しかけてきた。勝てると見越しているのだろう、その表情には余裕が感じられる。


「お前の仲間も死んだ。もう勝ち目はないぞ。いや、もともと我らに勝とうなど、無理な話だったのだがな、ハハハ」


 首領の高笑いに、私は闘志を奮い起こす。


「だまれ! 貴様たちのような者どもに私を倒せると思うな。私には、この世界を守るという義務があるのだ。ここで死ぬわけにはいかない!」


 だが、強がってはみたが、すでに立つのも精一杯だ。


「なら死ぬがいい。最後は派手に散らしてやる。いくぞっ」


 首領が特殊な構えを見せた。奴の必殺技だ。これを食らえば一発で終わる。私の仲間もそれでやられたのだ。


(いまだ!)


 しかし、私はそれを待っていた。その技は発動まで時間がかかる。私はあえて反撃を控え魔法力を温存し、奴がその技を出すのを狙っていた。

 私は両手を前に突き出し手のひらを重ね、すぐさま呪文の詠唱に入った。そして、最後の力を振り絞り、最強の攻撃呪文を撃つ。


 「それを待っていたぞ! はあああっっ」


 呪文の発動と共に、大木の幹ほどもある巨大なエネルギー光線が私の手から放たれ、放電を繰り返しながら、首領に襲いかかる。


「何っ!」


 それを目にして、あわてて首領は構えを解いて受け止めようとする、しかし、それより早く私の呪文がヤツを直撃した。


「ぐわあぁっ」


 激しい音と光が辺りを覆い尽くす。そして、私の呪文をまともに食らった首領は、もんどり打って地面に倒れた。黒焦げになってブスブスと体中から煙を出している。即死だ。


(やった……)


 今、私は最強の敵を倒したのだ。

 首領が死んでいるのを確認し、私は残りの二人を見た。


「……次は、お前たちの番だ」

「よ、よくも……」

「く、くそ」


 こいつ等は首領よりも戦力が格段に落ちる。最強呪文を使ったせいで、私も弱い呪文しか撃てなくなっているが、それでも勝てるはずだ。私は自分が優位に立ったことを確信した。


(これで、また……夢に向かって進んでいける……)


 侵略者たちからこの世界を守ることができたら、ずっとやりたかったことがあった。それがようやくかなうかもしれない。

 希望が再び私の胸を満たしていく。

 そのときであった。


 残ったやつらの一人が、なにやら呪文を唱えた。そして、手に現れた光の球を、敵である私ではなく、すでに息絶えている首領に投げつけたのだ。目もくらむばかりの閃光がきらめく。


「むっ」


 不意を突かれて、私は手をかざして目をかばう。

 そして、光が収まったとき、そこには死んだはずの首領が何事もなかったように立っていたのだ。

 蘇生呪文である。


「な、何…だと……」


 私は、体中から力が抜けていくような錯覚にとらわれた。

 もはやこの状態では勝ち目はない。


(こんなところで……)


 希望が絶望に取って代わる。


「ハハハ、残念だったな。これで終わりだ、くらえっ」


 首領が再び必殺技を発動した。そして、私にはそれをよける体力も気力もなかった。

 呪文は狙い違わず、私を直撃する。

 その瞬間、私は自分の死を知った。


「ぐふっ」


 呪文で体中が引き裂かれ、地面にたたきつけられて、意識が遠のいていく。地面に這いつくばったまま、私はもう起き上がるどころか、指一本動かすことすらできない。


(くっ、私の夢もここまでか……)


 抑えきれないほどの無念の情が、私の心の中に湧き上がる。


(世界征服まであと少しだったというのに……おのれ、邪魔をしくさりおって……)

(この私が、こんな虫ケラ同然の人間どもにやられるなど……、皆殺しにしてやるはずだったものを、このウジ虫どもが……)


 薄れゆく意識の中、呪詛を吐く私に奴らが近づいてきた。とどめを刺しに来たのだろう。私と、私を見下ろす首領の視線がぶつかる。


「……さらばだ、魔王」


 そして、奴はその手に持っていた剣を私に振り下ろした。


「この魔界で朽ちていくがいい」


 暗くなっていく私の視界に最後に映ったもの、それは、私を倒しに魔界まで来た勇者とその仲間たちの姿であった。




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