「リルズベリー・ロッカーガールズ」★★★★★

 うわあああああああああああああああああああああ!!!!!



 ……はい、すみません落ち着きました。キャパを越えた感情は一端吐き出したので今回もレビューしていこうと思います。


 今回読んだのはプルート文庫出版、縦坂横道たてさかよこみち先生の『リルズベリー・ロッカーガールズ』です。自分の中でプルート文庫というと年に二、三冊強いのをぶっ放しているという印象ですが、今作はまさにそれの強い作品でしたね……。縦坂先生というと『よこしまゼブラ』シリーズが代表作ですが、一昨年のかくラノ(この架空ライトノベルがすごい!)で『二万円でできる世界の終わらせ方』が協力者票を集め新作部門2位に入ったことからも言えるように、単巻モノこそが真骨頂であると私は思っています。ええ、今作もまたその才能が遺憾なく発揮されておりました。とりあえずあらすじを……。



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 片思いの相手は、屋上にある少し錆びたロッカー。それが対物性愛者である東城純夏とうじょうすみかの青春である。彼の横に座り、授業以外の時間を過ごし、彼の横でご飯を食べる。それが純夏の日常だった。しかしその閉鎖した関係は、軽音部部長でクラスメイトである斉藤深冬さいとうみふゆに告白をされることで瓦解する。ロッカーを愛する少女、ロッカーを自称する少女が織り成すハートフルラブコメディ。


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 百合! 縦坂先生の百合! 以前雑誌掲載にあった短編の日本舞踊百合「流転に舞え、しろたへの君」を読んだときから欲しかったもの!!!「しろたへ」では落ち着いた静謐さのある文体の時点でやられてしまったわけですが、今回はどちらかというと感情描写を全面に押しだした、青春の空気を感じさせる筆致でしたね。といっても登場人物(?)のほとんどは、純夏から見た「物」達です。喜ぶ靴とか、壁の怒りとか、電柱の不気味な笑みとか。そういうシーンが頻出します。

 擬人法を多用しているのに加えて、婉曲的な表現を重ねてしまっては伝わらないかも――描き方についてはある種大衆性を取った選択であるのかのように感じました。しかし結果として、それが作品のテーマをより読者に深く刺してくる事になるんですからね……先生恐るべし。


 さてさて内容についてですが、純夏すみかは幼少期から特定の物に対して作り上げた感情を投射してしまう人間で、その相手に時折、恋愛感情が芽生える人間。そして高校生になってそういう感情になったのが、ひっそりと立つロッカーさんであった――というのが、冒頭以前の流れ。

 ただこの時の恋愛感情というのが複雑で、純夏が好きになったその相手のは、あくまで純夏の中で構築されたものでしかないんですよね。純夏もその辺の抱える意味については悩んでいて、けれどどうしょうもないから自身のその欲に従っているという状態。

 これ、面白いのは自分の理想以外の感情も物によっては投射していること。作中でも純夏は家の近くにある電柱の、見下すような態度が嫌いだと言っている。全て自分で作り出しているのに、相手の人格は理想だけではない。それはすなわち、純夏の中で物に感情を与えるという半ば無意識の行為は、あくまで理想の世界を作り上げるためのものではないというのが大きなポイントです。

 じゃあ人間に対してはどう思っているのかというと、「個々人の持つ感情が複雑過ぎて理解ができない」と純夏は感じている。だから冒頭で深冬みふゆに告白されたとき、純夏は状況を飲み込めずに混乱する。

 ただこの時、純夏が驚いているのは同性から告白されたことじゃなくて、自分が他人にそういう感情を抱かれること(←とても美味しい)なんですよね。まぁそっか、元々恋愛対象が人間じゃないから、性別は問題以前なのか。


 そんでこの一応ヒロイン枠である斉藤深冬は、名前の清楚そうな響きとは真逆に軽音部の部長で髪を染めてギターを弾く、学年で知らない人間はいないような自称ロッカー。周囲の目から見れば、教室で静かにしている純夏とは真逆の存在になるわけです。いいよね、こういうシチュ。

 深冬の告白に、純夏は当然断ります。しかしそこですぐ諦めないのがこの女。自分と付き合えない理由をしつこく問いただしてきます。ただこの問いただすシーンなんですけど、自分と付き合えないのがあり得ないという憤慨で聞いているわけではなくて、自分が純夏の理想になるために何が足りないのかを知りたい、とてもピュアな感情なわけで……そういうとこやぞそういうとこ。

 そんなあまりにもしつこい深冬の詰め寄りに、純夏も折れて「人が好きになれない」と間違いではない答えを言います。「あなたのことが分からない」とも付け加えて。


「よし、ならば相互理解だ!」


 こういうこと言っちゃう子なんですねこの子は。

 そして純夏とロッカーの閉じた世界に、たびたび深冬の加わる日常が始まるわけでございます。そしてそのお互いの分からないを、そのまま分からないと再確認する日々のなんとエモなことか……。個人的にはアイスキャンディーのくだりが滅茶苦茶好きです。二人とも可愛すぎか。

 あと、純夏は自分が対物性愛者であることを隠しているのは最初に言っていたからともかく、深冬が同性愛者であることを隠しているのは個人的にはちょっと意外でしたね。高校生ぐらいだとそうなっちゃうかといえばそうなんですけど、深冬があっけらかんとしているキャラなので周知の事実なのかと思ってた。つまり、深冬が女の子のことを好きなのを知ってるのは同級生で純夏だけ……ヨシ!(指差し確認)


 少しずつ時間を共にして、純夏も純夏で深冬の真っ直ぐな感情を少しずつ咀嚼して、深冬の感情――そしてひるがえって自分が物に与えている感情について色々深く考え始めて。


 いやーしかし、ロッカーさんのイケメンっぷりというのもこの作品の一つの魅力ですよね。寡黙で、純夏の心を全て受け止めてくれる鉄面皮(そりゃ鉄製だけど)。でもロッカーさんは純夏に悩む環境を与えてくれるだけで、答えを授ける存在ではない。純夏の複雑な心の中にある悩みは、純夏自身か、純夏と同程度の複雑さを持った相手でないと解決のしようがない問題。で、それが誰なのかは言わずもがな。終盤、純夏のために自分のことを顧みず手を伸ばしてくる姿。そしてあの屋上で純夏一人相手にギターを弾くシーンのイラスト……今年読んだラノベの中でも上位に入ってくるカッコよさでした。


 そんな二人のロッカーのおかげで、純夏は自分がやっていたことが"感情の分散"という言葉に言語化できることに気が付いて。そこから純夏の見える世界が変わっていく描写といったら、とんでねぇ文章力でございました……。

 最終的に、純夏の好きな相手はロッカーさんから変わらない。でも深冬に対して、「こいつぐらいは友達でいいか」と思うようになる。その心情の変化と、踏み出した一歩。


『人の感情というのは複雑で、きっと私には最後まで理解できないと思う。でも、今の私はそれを分からないと声に出して言っていい気がしている。なにぶん最近は、そういうのを聞いてくれるやつがよく隣にいるのだから――。』


 素晴らしい作品でした。文句なし。

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