003 団長の上司

 心地の良い温度の緩やかな風が、部屋の窓のカーテンを揺らす。目覚めてから差ほど時間は経ってないが、外の景色は橙色へと染まり始めていた。

 本当にさほど時間は経っていない。でも物凄い孤独感を感じる。寝坊して朝の集合時間に間に合わず、一人電車で都会の現地へと向かってるような感覚。そんな事が過去に遭ったかなんて覚えてないのだけれども。

 そよ風の音すら聞こえる。そんな静けさの中、部屋の扉が開いた。

 なんだかそれはそれは屈強な、とても強くて怖そうな、そして物凄い厳つい顔の中年男性が入って来る。こちらに来る。ものすごく怖い。

「よう。一週間ぶりだな。えーっと、話は全て聞かせてもらってる」

 男は落ち着いて言葉を選んでいる様だった。というより言葉に悩んでいる感じがした。

「じゃあ話は早いですね。あの、どちら様ですか?」

「俺、じゃなかった。私は、マクマと申しまして、帝国魔法兵団の団長をやっておりまして」

 まさかの団長直々の見舞いだった事に少し驚く。確かに団長っぽい凛々しい顔つきだ。

「これはこれは団長直々に1兵士の為に見舞いなんて、ありがとうございます」

 きっと、とても部下想いの良い団長殿なんだろう。それか僕の記憶前が相当な地位の兵士だったか。

「すいません。失礼なことを聞きますが、僕はいったいどんな兵士だったのでしょうか」

「えー」

 マクマの言葉が詰まる。実は初対面で、本当に1兵ずつ大事にする団長さんの可能性も出て来た。

「私の上司です」

「そうです、か?私が上司?僕が部下?」

「いや私は部下で、あなたが上司」

 ん?訳が分からなくなってきた。

「マクマさん上司で、僕がその部下ですよね?」

「いやいや、クゥシ上司、私部下」

「僕が上司、マクマさん部下」

「いぇーす」

 こんな濃い顔の男から、いぇーすなんてラップ調の言葉が出るとは思わなかった。

「マクマさん団長」

 僕は釣られるように少しテンポよく聞く。

「いぇー」

「俺上司」

「いぇー」

「冗談だろ?」

「いぇー」

「どっちだよ」

 マクマさんが思った以上にノリがいい人なのは分かった。いやでも本当に、え、団長の上って何?

 そんな事を頭の中で巡らせている時だった。

「もう無理だ。限界だ」

 そうマクマは呟く。その時だった。


 部屋の扉が突然吹き飛んだのだ。

 それは近くで巨大な爆発があって、その爆風で吹き飛んだかのようにも思える。扉はあっという間に対面の窓ガラスを突き破った。

「ドアー!」

 マクマが野太い大声で叫ぶ。僕も思わぬ光景に開いた口が塞がらない。

 壊れた入り口の先に、ドア及びガラスを突き破った爆発源の張本人がいた。それは意外にも小柄な女の子だった。いや、女性?若い女学生?

「クゥシ!あんたより2つ年上よ」

 僕の気持ちを完全に見透かした言葉だった。

「じゃあ僕はいくつなんだよ」

 そんな心の声が漏れる。

「まぁ、そうなりますよね。答えは二十歳です」

 また新しい声と共に、今度は凛々しい眼鏡の好青年がこちらに入ってきた。

「じゃあこの子は二十二歳⁉二十二でそれ⁉」

 僕の驚きの声とほぼ同時に、女の子いや、女性がこちらに向かって飛んできた。そしてベッドの上に飛び乗ってきた。

 女性は右手で僕の口を鷲掴みにする。

「あ?この口か?この口が言ったんか?」

 女性の握力は想定より遥かに強い。骨が折れない程度に痛い。

「駄目ですよクゥシ。ニオの見た目の事をいじったら、って、覚えてないんでしたっけ」

 知らない事を眼鏡君が教えてくれる。

「す、すいませんでした」

 僕が口を動かすと、ニオという名の女性は右手の力をゆっくりと抜いた。しかし馬乗りに僕に跨ったまま降りようとはしない。

 この場合僕はどうすればいいんだ。そう混乱してしまう。

「ニオ!流石にドア壊すのはやりすぎだろ」

 マクマの激の言葉がニオに送られる。

「ちゃんと許可は取ったわよ。壊したのはハタが直すし、壊れ吹き飛んだ破片はちゃんと被害がないように部屋の中に留めといたから」

 確かに窓外に吹き飛んでいったはずの扉は、部屋の中央にへし曲った状態で無雑作に置かれていた。さらに床には無数のガラス片が散らばっていた。

「直すのは私がやりますが、部屋の片づけはニオがしてくださいよ」

「はいはーい。それにしてもマクマ団長は演技へたすぎ」

「確かに団長の上司の下りは面白かったですよ。リアクション映像もばっちりです」

 眼鏡の男、おそらくハタという名の男は、僕に小さなモニターを見せつけて来た。

{「私の上司です」「そうです、か?私が上司?僕が部下?」――}

 それは先ほどまでのマクマとのやり取りのくだり。僕は何とも言えない驚いた表情をさらけ出していた。自分の驚く顔って何とも恥ずかしい。

「でもこれはこれで良かったですよ。ラップの下りまで入れて完璧です」

「永久保存版ね。今度団員会で流しましょう」

 知らぬ間にマクマも笑っている。置いて行かれてるのは僕だけのようだ。

「あのー」

「そうでしたね。何もかも置いてけぼりなのもあれなので、始めから説明しましょうか」

 ハタは口を動かしながら、自分の座る分の椅子を持ってくる。マクマとハタが僕のベッドの横に座り、ニオはまだ上にいる。

 ニオと目線が交わる。

「降りないんですか?」

「思い出してくれたら降りるわ」

「そんな無茶な」

 ニオが上機嫌に笑う中、僕は思わず苦笑い。そしてニオは本当に降りる気がないようだ。淫らにミニスカートで跨っているのに、こうも何も思わないのは彼女の体系のせいだろう。なんて言ったら今度は死にかねない。

「さてさて、まずは何を話しましょう」

「まずは俺の上司の下りの誤解を解いてくれよ」

「そうですね。では」

 そうハタが口にすると、再び小さなモニターを僕に見せつけて来た。

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