第2話
故郷の魅力とは、離れた時に分かるのだ。
――ポンネ(詩人)――
上機嫌なクーノス国の役人は、晴れて「国民」となったユリカと孝行を連れて、国営住宅地の一角を歩いていた。
「どうです、クーノスの雪は?」
「懐かしいです。実は私達、雪の多い地域に住んでいた事がありまして」
ユリカは道端の雪を手で掬い、フッと息を吹き掛けた。
「ほう、それなら雪深い土地での暮らし方もご存知ですね」
こちらです――役人は自慢げに煉瓦造りの家を見やった。
「幾らクーノス人と言えども、極寒の中で暮らしはしません。上質な煉瓦を輸入し、断熱効果を持つ特殊な石糊で隙間を埋めて――」
グルリと家の周りを説明し、次に扉を開けて「どうでしょう」と役人が笑った。
「王室御用達、クノベア工房の声失織りの絨毯で御座います。お二人は記念すべき移住者の第一号、是非ともお納めください」
床一面に敷かれた絨毯に……ユリカは口を両手で押さえ、声にならぬ感動を瞬きで現した。錆色の下地に円形、半円形が複雑に絡み合い、それでいて乱雑な印象を与えない高密度な芸術がそこにあった。
「奥様、如何でしょう。見る者を圧倒し、感嘆の声すら失わせる至高の紋様……声失織りの由来はそこに御座います」
役人は絨毯を撫でながら続けた。
「この絨毯は、しかし完全では御座いません。お二人が歩き、生まれ来るお子様が走り回り、食べ物を溢したり傷付けたり……『家族』の介入無しでは、決して絨毯が完成する事は無いのです」
ユリカと孝行は黙したまま、役人の言葉に耳を傾ける。
「どうぞ、丹念に使い込んでください。解れ、傷、染み、その全てが馴染む頃、即ち絨毯の成長を見届けた後、次代に受け継いでくださいませ。我が国の絨毯は三代続けて使用しなければ、完成は有り得ないとまで言われております」
ニッコリと笑い……役人は「お二方」と言った。
「今、足下に敷かれた絨毯は唯の織物では御座いません。お二方の足跡、歴史を刻む大地で御座います。改めまして、国民管理部長キリロネが、国王はじめ全ての国民に代わりまして、純白の国、クーノスへの移住を歓迎致します――」
その日の晩――真新しい暖炉に火が灯され、やがてメラメラと燃え上がるのを見つめるユリカは、備え付けの椅子に座り……視界が揺らぐのを認めた。
「どうして泣くんだ」
薪を投げ入れる孝行が振り返り、鋭くも何処か温かみのある視線を向けた。
「いえ……何だか、不思議で……全部が初めてで、新しい事ばかりなのに……とても懐かしいような……『在るべき状態』とでも言いますか……ごめんなさい」
笑いながら落涙するユリカは、窓際に向かい、暗い空から落ちて来る粉雪を眺めた。立ち並ぶ家々の窓から、暖色の輝きが漏れ出している。「時よ止まれ」とユリカは願った。
叶うなら、どうかこの日々を永遠に――。
降りしきる雪の一粒一粒に、ユリカは願いを込めて目を閉じる。その祈りを知ってか知らずか……雪は唯、クーノスの地に積もっていくだけだった。
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