白愛斬雪

第1話

 年寄りが本を読む理由、これに気付いた若者だけが、真の幸福を得られる。


                     ――イラウド・ログオ(作家)――




「……なるほどねぇ、それで私のところに来たってのかい」


「あ、いや……その、自分が、というよりは……」


「はい、そうですぅ! アタシ、前に住んでいた町で占って貰ったら、何と帰り道でお金を拾ったんですよぉ」


「きっとその占い師は、お前さんに金を拾わせる為に占った訳じゃないよ」


 苦笑いする女は、「まぁ座ったら良い」と、どうにも可笑しな夫婦(妻の方は獣人だった)を丸椅子に促した。


「尋ね人、失せ物、未来……ボンヤリとでも見当を付けるのが私達の仕事だけどさ。あくまでボンヤリだから、的中じゃないからね」


 交易の為に敷かれた街道沿いに、「占い業」営業許可を受けて五年が経つ彼女――名をゾムスと言った――は、久方ぶりの客に喜んだのが五分前、さてどうしようかと悩み始めたのがつい一分前の事だ。


「分かっていますよぉ、分かっていますってぇ。ねぇアナタ?」


「うん……でもなぁ……」


 占いの信頼性に温度差がある夫婦を、ゾムスは居心地悪く見守っていた。「人を捜している、緊急である」と夫の方から打ち明けられた時、彼女は冷や汗を密かに掻いた。


「でもでもぉ、なぁーんにも当てが無いよりは、ちょっとでも根拠がある方が良いでしょぉ」


 大事なものを無くしたから、その在処を占って欲しい――このような依頼こそ、ゾムスが待ち侘びている「安全な占い」だった。失せ物程度であれば、依頼者がゾムスの言葉を受けて探している内に、「そう言えばあそこに」と思い出し、やがて発見に至る……という結末を迎えやすい。


 反対に、「人を捜している」という依頼は非常に危険である。大抵は失せ物よりも依頼者の焦燥は強く、無事に発見出来れば良いが――ゾムスの占いが功を奏しない場合、依頼者は街道まで出向いて彼女を罵倒するのだった。


 五年前、彼女が占いの屋台を始めた頃は、一〇キロも先の方で客を待っていたが、依頼者からのクレームを避ける為、転々と営業場所を変え……現在の位置に行き着いた。


 幾度も「立地が悪い」「星巡りが悪い」などと場所を変えていれば、営業許可を出す役人からの印象も悪くなっていく。事実、つい七日前に役人が現れ「本当に占術師の資格があるのか」と、ゾムスが苦心して購入した星観石を突いた。


 果たしてゾムスは――可笑しな夫婦の依頼をやんわりと、しかし確実に拒否しなければならなかった。


「お前さんの言う事は尤もよ。でもね、あんまり占いばかりに振り回されては、旦那さんも疲れちゃうから」


 夫は微かに頷いた。ゾムスの心中に陽が差したようだった。


「正直に言うとね、尋ね人を捜すのは天上……星の巡りと地の位置が、ピッタリと合致しなければ出来ないの。残念ながら、今日はどうにも……ねぇ」


「ほら、ルクルク……占い師さんもこう言っているんだ、近くの町で馬を借りて……な?」


 妻の頭に立つ獣耳が、しおしおと垂れ下がるようだった。


「……うぅ……アタシ、ちょっとでもアナタの役に立ちたかったのにぃ……」


「その気持ちは嬉しいよ、ちゃんと分かっているから……」


「……ごめんなさい、アタシ……馬鹿だもんねぇ……」


 気まずいゾムスは、チラリチラリと妻の方を見やりつつも、大事な星観石を専用の布で磨き上げる。以前に雑巾で代用した時、あっと言う間に表面が曇り出した事があった。専用品が存在する理由を、多額の研磨代と引き換えに学んだのである。


 故郷に帰って、実家の飲食店でも継ごうかな――などと転職を思うゾムスに、「あの……」と夫が問うた。


「な、何か?」


 夫は潮垂れた妻を宥めつつ、ゾムスにソッと耳打ちした。


「……外れても良いです、恨んだりしないので……形だけでも占って貰えます?」


「……まぁ、それで良いなら……」


 果たして――ゾムスは尋ね人(ノグチ、という男らしかった)の居場所を占う事になった。外れても良いという、占い師には破格の条件が彼女の神経を多少和らげた。同時に「それで良いのか私は」と、情けない気にもなった。


「で、出ましたかぁ?」


 先程と打って変わって上機嫌な獣人の妻は、尾をブンブンと振って星観石を刮目する。


「ちょ、ちょっと離れていてよ……危ないから」


 急に電気を発したり、爆発したりなどの危険性は全く無いが、まるで自分の不安が伝わるように感じ、ゾムスは彼女を遠ざけた。


「……うーん」


 ゾムスは酷く難しい表情で唸った。豪奢な鎮座台に乗る星観石に……何も浮かんで来なかった。熟練者曰く、「内部が曇り出せば、すぐに求める結果が浮かび上がる」らしかったが、ゾムスの星観石は……手入れを怠った場合を除き、一度も曇った事が無い。


「どうでしょうか……」


 夫も多少は期待しているようで、興奮する妻を羽交い締めにしながらも、石を覗き込もうと首を伸ばしている。


「アタシには、何にも見えないなぁ」


 痛いところを突いてくる妻は、それでも顔を輝かせていた。


 不味い、適当な嘘も思い付かない――内心ゾムスが焦り出した頃……。


「んっ?」


 驚くべき事が起こった。ゾムスは一度目を擦り、再び星観石を見つめる。


「えっ……?」


 ゆっくりと……内部が曇り始めたのだった。


「何? 何なのぉ?」


「落ち着けルクルク、今に教えてくれるよ」


 その実、落ち着きを失っているのはゾムスの方だった。煙のようなものが内部で蠢き、次第に何かの形を現すように広がっていく。


 三分後……ゾムスは生まれて初めて――「真実」のみの結果を伝えた。


「……これは、雪? が多い場所……」


「雪? 雪が積もっているという事は、山とか――」


「多分、違う……大きな街、綺麗な花……」


 ゾムスは夫婦に確認するように……自身無く言った。


……?」


 夫婦は声を揃えて「クーノス?」と問い返す。


「クーノスって何ですかぁ? アナタ、知っているのぉ?」


「いや、知らん……占い師さん、それは何処ですか?」


 ゾムスは答えた。


「……まぁ、雪ばかりの寒い国だよ。そして……私の故郷なんだよね」

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