第4話

 町の外れに小さな公園がある、そこで落ち合おう――昨晩に荒山が言った通りに、ユリカはリュックサックを背負って公園、と呼ぶには似付かわしくない広場へと向かった。


「おーい、こっちだ」


 手を振る男がいる。荒山だった。夜道を行く様子とは打って変わり、まるでデートを楽しみに来た男のそれである。ユリカも俄に手を振り返し、淀む心をなだめすかしながら「おはようございます」と一礼した。


「来てくれないかと思ったよ、ハハハ」


 じゃあ待たなきゃ良いじゃないの――そうも言えず、ユリカも笑う。


「では、よろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしくな」


 何処に行こうか……荒山は朝日に包まれる山々よりも、横目でユリカを幾度も見やった。無論、彼女はその視線に気付いている。


「私が手に入れた情報ですと、アトラシアという国へ向かったとか……」


「アトラシア? 確かこの道を真っ直ぐに行けば、国境があるはずだ。関所か何かで聞いてみよう」


 ユリカは頷き――まだ痛む右手首を見下ろした。パディン翁、そしてユネスの顔が思い出された。


 ユネス君は、今頃どうしているかな。


 少なくともユリカと出会う以前と比べれば、確実に不幸な境遇を味わっているユネスに、ユリカは二度と会いたく無かった。会う資格が無いと考えていた。


 彼の記憶を改竄した「お利口弾」の効力は、おおよそ二日で切れてしまう。自身が何を見聞きし、何を成したのか……幼い被害者は失われた「記憶」が占める空白に、酷い違和感と喪失感を覚えるのだった。


 直接的な死を与える訳では無いから、必要であれば使うべき――ユリカはユネスと出会うまでそう考えていたが、今後は「お利口弾」の使用を控える事にした。




 母になる人間が、そのようなものを使ってはいけない……。直接的間接的を問わず、もう子供を傷付ける事は……絶対に止めよう。




 毒されていた子宮の復活を境に、彼女は思考が着々と変質しているのだった。


「大里さんは、どんな武装を使っているんだ?」


「拳銃ですね。余り慣れなくて……」


「拳銃? 格好良いなぁ、俺もそういうのが良かったなぁ」


 妙に苛立つ男だ――ユリカは謙遜しながら思った。


「確か、鉄車弓、でしたか。遠距離からの攻撃が主ですか?」


 聞いて欲しかったと言わんばかりに、荒山は背負っていた弓を下ろすと、二つ折りのそれを手際良く組み立て、ユリカに見せびらかした。


「両端に滑車? のようなものが付いているんですね」


「あぁ、この滑車で威力を増しているんだ。矢はそこらに落ちている枝を拾って、こうして……」


 細く頼り無い枝を拾った荒山は、それを弦に軽く擦った。瞬間、枝は黒々とした光沢を持ち、七〇センチメートル程に延長する。ほんの数秒で薪にすらならない枝が、標的を仕留めんとする「殺意」へと変貌した。


「ここからが本番だ。このゲージで威力を変える、上げれば上げる程に弦が重くなるって訳だ」


 キリキリと丸いゲージを回す荒山。得意気な顔がユリカには腹立たしかった。


「例えば……あそこの木を見ていてくれ」


 荒山は一〇〇メートル程離れた場所に立つ木を指差し、弓を引いていく。同時に両端の滑車は回り出し、矢筈と矢尻を以てを形作る。


 シュン、と軽やかに弦が鳴った。放たれた矢は真っ直ぐに標的へ向かい――。


 木をへし折るような轟音が響いた。着弾した矢を中心に木肌は抉られ、上部がゆっくりと傾いていき……。


 果たして標的は他の木にもたれ掛かるように、ズシリと倒れ込んだのである。


「こんなところかな。威力をもっと上げれば、恐らく――」


 城壁だって、穴を空けられる……荒山はユリカを見つめた。


「驚いた? なかなか凄いだろう」


 ユリカは拍手をして彼を讃えた。純粋な賞賛、そして「予想外の使い勝手」を荒山に見出していた。


「凄い、凄いです荒山さん! これがあればきっと勝てますよ!」


「へへっ……そこまで褒めるなよ」


 この男が死んでも、その弓は残るのかしら? ユリカは照れる荒山を他所に思った。

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