第4話
男は手を払い除け、無理矢理に彼女の顔面を照らし続けた。強く殴られたような痣が何ヶ所もあった。
「後ろを向け」と男が言うと、実に嫌そうにルクルクは振り返る。
背中の辺りに泥、そして足跡が何個も残っていた。
「お金、ごめんなさい……使ってしまいましたぁ……でも、ご飯……買って来ましたからぁ、あの……置いて行きますねぇ」
困り顔で笑うルクルクを見つめ――男は推測した。
この女は、暴漢か何かに襲われた。食べ物を護る為……亀のように丸くなって……顔を殴られても……。
ルクルクは平たい石を見付け、干し肉を挟んだパンが入っている袋を置いた。日没前と比べ、何処と無く彼女は怯えているようだった。
「……じゃ、じゃあ……お休みなさい……手提げ灯、使ってください――」
「待て」
ビクリと肩を震わせたルクルク。
「な、何ですかぁ? あ、あぁ! 干し肉、嫌いでしたか――」
「違う――お前、殴られたのか。強盗か何かに」
「いやぁ、別に殴られていません……」
「じゃあ金を返せ」
「……お、お金は全部使って――」
「食べ物と手提げ灯、その二つを買ってもまだ余るはずだ」
奪われたんだな――男の詰問に、それでもルクルクはかぶりを振った。
「違います、違いますよぉ……アタシ、その、劇が見たくて……途中で――」
「嘘はもう止めろ――ルクルク」
初めて男は獣人の名を呼んだ。瞬間……ルクルクは緊張の糸が切れたように、その場でへたり込んでしまった。
「怖がらせて悪かった……頼む、何をされたのか教えてくれないか」
男の推測通り、ルクルクは三人組の強盗に襲われていた。食べ物と手提げ灯を購入し、余った金をポケットにしまい込んだ彼女は、すぐに男のいるであろう方角へと走り出した。
町を出た辺りで、彼女は一人の男とぶつかった。男はわざと彼女の進行方向に飛び出し、「切っ掛け」を作り出したのである(ルクルクは自分が悪かったと、男の代わりに弁解した)。
腕を掴み、金を出せと凄む男は、なかなか了承しないルクルクに苛立ち、口笛を吹いた。途端に二人の仲間が現れ、彼女の顔面を一度殴った。それでもルクルクは無言で立ち去ろうとした為、男達は更に殴り掛かった。
二度、三度、四度と拳を受け、ルクルクは目眩を覚えた。倒れ込み、背中を、脇腹すらも蹴り飛ばされても――手提げ灯と食べ物に覆い被さり、護り続けた。
しかしながら……彼女は蓄積する痛みに耐え兼ね、咳き込みながら横たわった。男達は「ようやくか」と溜息を吐きながら、ポケットに入っていた金を全て巻き上げた。
楽な強盗にしては充分な報酬に、男達は事前に取り決めておいた「女ならば犯す」という予定も忘れていた。町に出向けば、質の良い娼館が山程あるし、この地方では獣人と交われば病気を移されるという迷信が根強く残っていた。
果たして彼女は贈り物と純潔を守護し切り、「旦那様」の元へと歩き出した。
酷く下手な説明を終え、ルクルクは脇腹を擦った。まだ痛むらしかった。
「でもぉ、旦那様のご飯は……ほら、汚れていませんからねぇ」
あれ……獣人は頬を擦った。揺れる灯りが頬を照らした。寂しげに輝く涙道が――男の目に焼き付いた。
「ご、ごめんなさい……おかしいなぁ、何で、何でかなぁ……」
泣き喚きはせず……ルクルクは静かに涙を流した。ポロポロと落ちる涙滴は、強く握られた手の上に次々と落ちていく。
「うっ……うぅ……ひっ、ひっく……」
歯を食い縛り、尾を丸めたルクルクは、振り絞るように呟いた。
「……アタシが……何をしたんですかねぇ……あの人達に……何も……酷い事していないのにぃ……。ど、どうして……アタシばかり……欺されて、殴られてぇ……旦那様ぁ、アタシ……アタシ……悔しいよぉ、ねぇ、旦那様ぁ……」
アタシ、死んだ方が良いのかなぁ……。
ルクルクが鼻を啜った時、黙っていた男は急に立ち上がると、思い切りに――自らの頬を殴り付けた。
「だっ、旦那様! 駄目ですよぉ!」
慌てて彼に縋り付き、見上げたルクルクは眠たげな目を見開き……何度も瞬きをした。
「…………旦那様」
男の身体を引き寄せ、大きな背中をソッとルクルクが撫でた。
「アタシ、やっぱり間違っていなかったんですねぇ……」
ルクルクは痣の目立つ頬を男の肩に擦り付け、消え入りそうな声で囁いたのである。
「……馬鹿で弱い、アタシの為に」
泣いてくれて、ありがとう――。
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