第4話

 私が、あの人……孝行と出会ったのは一六歳の頃です。当時の私は、友人はおろか知人すら数える程で……勉強も好きになれないし、かといって運動も不得意でしたから、人生が酷くつまらないものだと考えていました。


 クラスで……いえ、ある集団の集まりで、彼は私と同じような「つまらない自己紹介」をしたんです。奇をてらえば、「愉快な人だ」と評判になるかもしれないのに、です。


 孝行は、あえてそのような自己紹介をしたのではなく、「一切を飾らない自分」を集団の中に投じたんです。……その時思いました、彼のような生き方を堂々としても良いんだと。


 居ても立ってもいられなくなった私は、すぐに孝行の元へ行きました。突然やって来た私に警戒していたようですが、それでも彼は友人として付き合ってくれるよう、約束してくれたのです。


 何処かに二人して出掛けた事はありませんが、それでも彼は何度か、私と一緒に歩いてくれました。友人という存在は何なのか、距離感を掴むにはどうすれば良いのか……色々と教授してくれたのも彼です。


 彼の事を異性として見始めたのは、それから間も無い頃でした。通行人に彼が私のせいで怒鳴られた時、自分でも驚くくらい……殺意が湧いたんです。


 このような事は初めてでした。自分でも制御出来ない程の感情は初めてでした。私、無我夢中でその通行人を殺そうとしたんです。……でも、彼は私の行為を咎め、頬を打ったんです。


 私、誰かに殴られた事なんて無かったんです。義理の両親ですら……私を叱責したり、叩いたりはしなかったし、そこまで誰かの感情を引き付けた事が無かった。でも、孝行は違った。私を本気で叱り、叩いたんです。


 孝行が初めて、私を「世界に生きている人間」として扱ったのです。……きっと、レガルディアさんは笑うでしょうね。そうです、そんな事なんです。誰かに想いを寄せる切っ掛けなんて、こんなに簡単なんです。


 それから……沢山勉強しました。学問は勿論ですが、「恋愛」についてが一番です。漫画を読んだり、小説を読んだり、テレビドラマ……いえ、お芝居を観て学びました。


 でも、どうしても私は「一般的な方法」が効率的には思えませんでした。様々な方法を講じている間に、他の女が孝行を狙っているかもしれない。恋愛の駆け引きが重要だ、なんて本には書いていますが、私にはただのにしか考えられない!


 最短最速で、孝行と恋仲に落ちる……それが最高なのは分かっています。でも現実は違う! 彼の求める女性に、まだ私はなれていなかったし、孝行は両親の都合で数年間、私と離れ離れになったんです。


 まだ未成年でしたし、彼を追って一人暮らしも出来ません。それに……もし、その間に孝行を誑かす悪質な女がいたらどうしよう……考えた私が行き着いたのは、彼女達の「排除」でした。


 暇を見付けては、孝行の暮らしている街へ出向き、悪い虫が付き纏っていないかを確かめる日々……それでも近寄る女はいます、その時は彼が知らない間に排除するだけ……。


 効率的なのが一番です、非効率を良しとして、その葛藤や混乱を恋愛の楽しみと考えている人達は……本当に誰かを好きになった事が無い、そうに決まっているのよ!


 この考え方は「お仕事」にも役立ちました、隠しても無駄でしょうから言いますけど、私はある機関から依頼されて殺人を遂行する殺し屋です。いるでしょう、そこら辺に殺し屋なんて……。とにかく、私は最効率を求めてお仕事をこなしました、お金を稼いで、一杯稼いで、孝行が働けなくなっても私が支えられるように……そして、彼の望む「素晴らしき女性」となって、いつかその想いを伝えて夫婦となる――。


 それを、その計画を壊した女が、この世界にいるんです!


 孝行を誑かし、挙げ句に夫婦となって生きている! 私という女がありながら……その女はのうのうと生きてしまっているんです! おかしいでしょう、長年我慢して、自身を磨き……お金を貯めて……優先権は私にある、いや、なければおかしいのよ!


 人は言います、「お前は異常だ」「快楽殺人者だ」「精神病質者サイコパスだ」って! そんなの違う! 好きな人の為に……大好きな孝行の為に、寄り道せず真っ直ぐに向かって行く事が、どうしておかしいんですか! その必要があるから殺すのであって、無ければ殺す必要はありませんよ!


 レガルディアさん、嘘があると思うなら読心なり何なりをしてください。


 私は沢山の少女従者を殺しました。それは私のお仕事を邪魔して来たから!


 私は沢山の貴族を殺しました。沢山の呪術師、魔女を殺しました。沢山の兵士を殺しました。沢山の貴族王族を殺しました。それは依頼があったから!


 私は……依頼書に載っていない沢山の人間を殺しました。それは――


 方法も様々ですが、私は必ず「その人が抱える罪」の多寡に照らし合わせたものとしたつもりです、楽しいからとか……そういうのはありません。


 話し合いで物事が何でも解決するなら、ではどうして世界から犯罪が、殺人が無くならないのですか、レガルディアさん! 貴女も本当は気付いているんでしょう、害敵の排除、処理が結局は一番の方法なんです!


 私なりに学び、見聞きし、感じ取った結論なのです。それが間違いだと訂正出来るのは、幾千の世界に唯一人……孝行だけです。私は孝行の為に頭を働かせ、心臓を動かし、生きている人間ですもの、当たり前です!


 忌々しくも孝行の隣を、今だけ歩いている女なんて、他に男が幾らでもいるでしょうに、どうして……どうして……どうして私から奪うのですか! 私がその女に何をしましたか、その女の人生を少しでも狂わせましたか!


 私はですよ、レガルディアさん。矛盾をあえて言いますけど、孝行と家庭を持てれば、後はどうなったって構わないんです! 彼が望めば喜んで働きましょう、彼が望めばあらゆる家事を完璧にこなしましょう! 彼が望めば――世界の全てを敵に回しても平気です!


 どうせあの女には……獣人の女には「口約束」程度の繋がりしか持てません、それに比べて私は孝行と同種族のヒトです。体内の泥を消す事が出来れば、すぐにでも彼の子を孕む事だって可能です。


 何故、私がそこまで「子」に執着するのか、レガルディアさんには分からないでしょう? 私は……阿桑田ユリカは、産みの親を知らないのです。私を引き取ってくれた義理の両親は不幸にも子を成せない体質……。彼らはいつでも優しくて、色々と世話を焼いてくれました、それには感謝しています。でも……何かが違う、違うんです!


 昔、両親が夜中、居間で声を潜めて話していました。


「やっぱり、私達の本当の子が欲しい」って!


 私はそれを偶然聞き……本当に悲しかった。……分かっていますよ、そう思っても仕方無いですし、私だって思うはずですもの。


 次の日、父親はいつものように私の好きなケーキを買って来てくれた……母親はいつものように「貴女は良い子ね」と頭を撫でてくれた。


 それが一番辛かったのよ! 何なのよ一体! 心にも無い事をペラペラ言って、私が何も知らないと思って笑っていて! その時、私はどうしたと思います? 馬鹿みたいに笑い返して「ありがとう」って言いましたよ、それしか出来なかったんですから!


 産みの親には捨てられて、育ての親には「実の子」という幻と対比されて残念がられて! 心から分かり合える友人など作り方も知らない、恋人なんて理解すら出来ない! 私はただ生きているだけ、ただ世界に「籍を置いている」だけの、良く出来た人形です――。


 この閉塞感を……打ち払ってくれたのは、野口孝行……唯一人でした。


 数少ない時間の中で、彼は私に人間として必要な事を教えてくれたんです。彼と別れる時、私に笑顔を見せませんでしたが……それでも私は……確かに、彼と笑い合った事がある! あの時間は……夕日を一緒に見て、一緒に歩いて……その時間は本物だった!


 レガルディアさん、どうかお願い致します! 私の子宮を冒す泥を取り払ってください! どうしても私は、彼の子供が欲しいんです! 二人の血と遺伝子が混ざり合った結晶を、夢を、希望を! この手に……抱きたいんです!


 私の願いはそこまでおかしいものですか? 愛する男性からの愛を求めるのは、それ程間違った事ですか?


 たった今、憎いあの女が孝行に何を囁いているか分かりません、もしかしたら彼の身体に、穢らわしくも寄り掛かっているかもしれません。そうです、「嫉妬」ですよ! 愛する男性が誑かされているのを、「あぁそうですか」と見過ごす馬鹿は何処にもいないでしょうに!


 孝行の隣には……私がいないといけないんです。その資格を手に入れる為に努力しました。害敵も罪悪感も、何でも殺して来ました。もう限界です、今にも身体の奥から嫉妬が溢れ出て……引き裂かれそうなんてす!


 あのような……女……あんな……あんな奴……!


 死んでしまえば良いんだ! 死ねば良いの、そうよ、死んで欲しいの! 死ね、死ね、死ね!


 孝行には……孝行の妻は……私が一番――

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