第3話
「昔は沢山魔女がいたんだけど、今じゃあんまりいないよねぇ。寂しいけど、まぁ時代の流れ? みたいなのを感じるよね」
この時、ユリカは「泥飲みのクレーネ」を思い出した。体内で蠢く忌々しい泥が、高笑いしながら子宮を食らい尽くしていく気がした。
「では、レガルディアさんも魔術とかを?」
「いや、私は魔術……っていうか、『波動』を使うんだよ」
「波動?」
「そうさ、波動だよ。正確には違うのかもしれないけどさ、一番近い言葉がこれかなって思っているんだ。波動は便利だよ? これを使えば、自分の健康は勿論……」
レガルディアは微笑みながら、ユリカの下腹部に目をやった。
「他人の体内も、お見通しって訳」
刹那、ユリカは身を乗り出し、レガルディアの双眼を見つめた。
「あ、あの……! 重ね重ねで申し訳無いのですが……!」
「何かな? もしかして――」
泥を取ってくれ、と言うのかい?
レガルディアは戸棚から瓶を取り出し、一息で中身を飲み干した。
「お酒だよ、飲むかい?」
「いえ……それよりも――」
「そう急いじゃ駄目だよ、アクワダユリカさん」
名字すらを看破されたユリカは、しかし意に介さず更に懇願した。
「お願いします、ある魔女から泥をお腹に入れられて……どうやら子供が産めなくなったみたいなんです!」
「子供? そんな悠長な話じゃないよ、それ」
レガルディアは目を細めて、ユリカの下腹部を指差した。
「あんた、もう三〇日も経てば死ぬよ」
「……大体予想は付いていました……最近、妙に身体の調子が良くないし……子宮を冒すだけでは終わらないだろうって……。お願いしますレガルディアさん、どうか泥を――」
狡い人だなぁ、ユリカさんは……レガルディアが困ったように笑った。
「お人好しだから、頼み込めば泥を取ってくれるだろうなんて……駄目だよそんな心持ちじゃあ……」
途端にユリカの心臓が高鳴る。
今の看破も、私からの「波動」を読み取ったものなの? だとしたら……この魔女の前では、どのような「精神操作」も児戯に等しい、むしろ彼女の心証を害するだけなんだ……。
脅迫も出来ないし、第一相手の戦力も不明……どうする――。
「そりゃあ確かに、私の波動を使えば、あんたの身体に入り込んだ泥を取り除けるかもしれない。けどさ、相手を誑し込んでまで――」
「私には……!」
ユリカは叫んだ。
「私には、どうしても泥を取り除きたい理由があるんです!」
「ふーん……理由ねぇ……」
レガルディアは丸椅子に座らず、ベッドの回りを散歩するように歩き始めた。
「あんた、凄いね。失礼だけど、ついさっきから波動であんたの『半生』を暴こうとしているんだけど……何だろう、強い感情か何かで蓋をしているようさ。上手く読み取れないなぁ」
動き回るレガルディアを視線で追う事を止め、ユリカは黙して下腹部を見つめるだけだった。
「お人好しな私も、たまには報酬が欲しい……そこでだよ、条件を一つ提示しても良いかな」
「……私に出来る事であれば……」
なぁに、簡単さ――レガルディアは笑った。
「波動の魔女、レガルディアに……」
あんたの半生を打ち明けて貰いたい――。
「……そのような事で、本当に……?」
「あんたねぇ、そのような事って言うけどさ、波動ですら見抜けない生き方って、正直恐ろしいよ? それを全部話せっていう私も酷いけど、あんたも相当苦労すると思うよ? だって、長年蓋を閉じているものを開けるんだ、自分でも驚くような言葉が飛び出すかもしれない」
それで良ければ、聞かせて頂戴……レガルディアは立ち止まり、「フゥ」と足下に息を吐いた。その瞬間、離れている丸椅子が飴細工のようにグニャリと曲がり、宙に現れた黒い穴に吸い込まれた。
「長くなりそうだからね」
ユリカが黒い穴から目を離し、レガルディアの方を見やる。彼女は「転移」した丸椅子に、しなやかな足を組んで座っていた。
「私は嫌な魔女だからね。誰かの半生を聞くのが一番楽しいんだ……さぁ、どうぞ? アクワダユリカさん」
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