第12話

 ラネイラには「和見塔わけんとう」と呼ばれる、一際大きな建築物がある。最上階は地上高六〇メートルもあり、ラネイラの全てを一望出来るのだ(場所によっては住宅内部すら見られた)。三時間交代で観測兵がそこに立ち、暴動や異常な侵入者に目を光らせるのだが……。


 この日、四人目の観測に立った男――名をエウルといった――は、最上階、「観測室」の隅で壁にもたれ掛かり、沈黙していた。額から鮮やかな血を流す彼は、今日の仕事が終われば故郷の村に里帰りするはずであった。


 病気がちな母親が首を長くして待つ青年は、しかしながら帰郷を果たす事は無かった。彼の生命を終わらせたのは一人の女性だった。




「すいません、ちょっとここを貸して貰えます?」


 生前のエウルは「階下に守衛がいるにも関わらず、平気な顔をして一人でやって来た」女に驚くも、勇気を振り絞って怒鳴り付けた。


「……何者だ、貴様! ここは王有建築物だぞ、分かっているのか!」


 彼の最期の言葉はこれだけだった。犯人の女は面倒そうに懐へ手を差し入れると、拳銃を取り出し……間を置かずに彼の頭を撃ち抜いた。エウル青年の人生はこの時、終わったのである。


 もし、女に「構わない」と答えていれば? もし、怒鳴り付ける事無く使用を許可していれば? 二二年と八ヶ月の人生を終幕させるに至らなかったであろう。


 出会いと死はよく似ている。どちらも予期する事は出来ず、また拒否する事も出来ない。彼はただ――不幸なだけであった。




「良い眺めですねぇ……あら、戦っていますね」


 女は微笑み、一人呟いた。観測室から西方四〇〇メートル先では、荒れ狂うように蠢く幾本もの触手が、次々と衛兵を薙ぎ倒していた。飛び散る鎧、砕け飛ぶ人体は、まるでアクション映画じみたものだった。


「……凄い、全部倒しちゃった!」


 パチパチと拍手をする女は、「さてと」と拳銃を手に取り、目を閉じた。


 しばしの時間が流れ――やがて拳銃は発光を始める。光に包まれたそれは形を変えていき……榴弾発射器ロケットランチャーへと変身したのである。


「やっぱり時間が掛かりますね、これは……。いやぁ、久しぶりだなぁ……あんまり得意じゃないんだよなぁ」


 女は溜息を吐きながら肩に構えると、照準器越しに「触手を操る女」に狙いを定めた。


「えーっと……威力は強めにしてっと……」


 こんなものかな――ペロリと口端を舐め、女は息を止め……。


 引き金を勢い良く引いたのである。


 瞬間、発射器の後方へ巨大なバックブラストが発生し、射出の衝撃は観測室の備品である花瓶を倒した。


 水蒸気を吹き出して高速飛行する榴弾は、一直線に「標的」を目掛けて向かって行き……。


 着弾したと思われた刹那、半径三〇メートルを爆炎で包み込んだ。


「……うん? あぁ!」


 やっちゃった――女は慌てた様子で身を乗り出し、爆炎を見つめた。寸刻置かず、その周辺で次々と爆発が起こり、一〇秒程が経った頃には――。


 悲鳴すら押し潰す、「煉獄」がラネイラの建物を粉砕していたのである。


「こ、これ……集束クラスター爆弾じゃないですかぁ! しかも……威力高くしちゃったし……」


 着弾地点から拡散した榴弾が、無関係な人間をも平等に殺害していく様子を……女は溜息と共に見守っていた。


「これはちょっと……反省ですね……」


 流石に悪い事をしました……項垂れた女は、覚束無い足取りで塔を降り始めた。途中、エウル青年と同じように銃殺された守衛が、恨みがましく開いた瞳孔で彼女を見つめている。


 それから女は塔を出ると、自ら焼き払った現場へと足を運んだ。肉と脂の焼ける臭いに鼻を摘まみつつも、果たして「標的」らしき人物を認めた。


「江井崎さーん、生きています?」


 泣き叫ぶ人々の間を割って入り、女は焼け爛れた触手で身を纏い、辛うじて死亡せずにいた標的――江井崎蜜里を揺すった。無論、手が汚れないよう、捨てても良いハンカチ越しにである。


「…………ぅ」


「再生出来ます? というか、お腹にいる寄生虫は大丈夫ですか……いえ、それ以前に酷い臭い……触手を焼き過ぎたのでしょうか」


 江井崎は真っ黒に焦げた手をフラフラと挙げ、女の裾を掴んだ。


「…………っ」


「何ですか? ハッキリした物言いが好きですよ、私は」


 しかし江井崎は会話が出来ない。先の爆発により、身体の再生はおろか声帯すらが使用不可となっている。


 江井崎蜜里――彼女を彼女たらしめる寄生虫「住体鎖状血虫」は、度重なる宿主の受傷と高熱により、類い希なる再生能力を発揮出来る程の体力は無く……。


「まぁ、良いではありませんか。貴女一人で死ぬ訳ではありません、供回りも増えた事ですしね。……これに関しては、流石の私でも申し訳無く思っております。全てが終わった後に、慰霊に訪れようかと」


 女は辺りを見渡す。人間の「形」として判別出来るぐらいに損壊した遺体は、全てで四七体あった。


「さてと、江井崎さん。もし再生が出来れば、またお会いしましょうね。孝行の事は赦しませんけど、何処か知性を感じさせる人は好きですから」


 裾を掴む手を振り払い、女は殺到する住民の中へと消えて行った。


「何処に行きましたかね、ツキーニさんは」


 白い外套に付いた煤を払い、女は連れていた「友人」の姿を追った。

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