偽親決着
第1話
商人の都市、ラネイラの街を抜けるにはガルトブント大通りを行くのが一番早い。この通り以外には住民ですら全てを把握出来ていない、複雑な小路を幾つも使用しなければならず、別の土地に住居を置く「余所者」は滅多に小路へと入らない。
迷宮じみた小路の一本を、今一人の男が息を切らして駆けている。正面には槍を、背中には少女を背負っていた。
「……ねぇ、ゴーディス……」
「良いから良いから、そのまま掴まっていろ!」
少女の心配そうな声に、面倒そうに答える男。二人は何処にでもいる親子に見えたが、その実――今日初めて知り合った赤の他人である。
偽の父親をゴーディス、偽の娘をツキーニといった。
「俺ぁ何度もこの街に来ているんだ……今通っている小路だって……見慣れたもんだ」
ゴーディスは自らの言葉通り、迷う事無く次々に細い道を疾走して行く。擦れ違う住民は二人を見やり、訝しむような視線を送った。
「……良し、この道を抜ければ、後は連絡馬車の駅が――」
突如として鳴り響く爆音に、ゴーディスは思わず足を止めた。勢いを殺し切れない両足の下で、細かな砂利が悲痛な音で摩擦する。
「何、何なの……?」
ツキーニは逞しい背中に顔を埋めた。汗の臭いも気にならなかった。
「分からん……何処かで爆発が起きたらしい……」
一度目の爆音が響いてから数秒後、更に二度三度と何かが爆発した。近くの住民も悲鳴を上げ、偶然屋根の修理を行っていた男が「あっちだ」と、ゴーディス達の通って来た方角を指差した。
「…………ユリィ、なのかな」
無論、ツキーニは爆発を起こした張本人が
ただ――「直感」しただけであった。
「ユリィを捜していたって人と……戦っているのかな」
野次馬が二人の横を走って行く。しばらく押し黙っていたゴーディスは……ツキーニを背負い直し、再び駆け出した。
「そんなのどうでも良い……ツキーニ、今は遠くに逃げる事だけを考えろ」
揺れの激しい背中に掴まりながら、ツキーニは未だにある事を考えていた。
果たして、ユリィとこのまま別れても良いのだろうか? 本当は自分の勘違いで、お互いの尋ね人は全く別人なのではないだろうか……?
この家を過ぎたら、いや、この通りを抜けたら、すぐにでもゴーディスから飛び降りて、ユリィの元へ向かおう――幾度もツキーニは考え、決心し……。
最後の行動が起こせなかった。
一つの疑問を抱けば、それが呼び水となってまた別の疑問を生み出していく。例えば、今彼女が新しく抱いた疑問は「ノグチという人は、本当に仇敵なのだろうか」というものだった。
「……あった、馬車だ!」
はしゃぐような声でゴーディスが言った。一〇〇メートル先の駅には何頭もの馬が繋がれており、手の空いている御者が三人、不安そうに「爆発の起きた方向」を見やりながら雑談していた。
「おい、ちょっと良いか!」
ゴーディスの呼び掛けに三人は振り返った。その内の一人が言った。
「察しは付くぜ、悪いが今は馬車を出せねぇ」
「ど、どうして――」
見てくれ、旦那……別の一人が繋がれた馬達を顎で指し示した。
「この通り、さっきの爆音でどうにも馬が落ち着かない。それに……この妙な臭い、嗅いだ事の無い、何だか胸の悪くなる臭い……」
ゴーディスは五度六度と鼻から空気を吸い込む。海産物の腐ったような、しかしながら初めて嗅ぐ「嫌な臭い」が鼻を突いた。
「ゴーディス、確かに臭いね……何だろう、この臭い」
ツキーニも御者に同調したが、それでもとゴーディスは懇願した。
「それでも……すぐにじゃないといけないんだ、金は弾むから……頼む!」
あのねぇ旦那――三人目の御者が口を開いた。
「そりゃあ俺達だって仕事はしたいさ、でもよ、俺達は馬が全てなんだ。旦那達を乗せるのは良い、でも馬が走らなかったら……意味無いだろう?」
クソッ――ゴーディスは地団駄を踏んで振り返り、御者達の元から離れた。
「ゴーディス……」
か細い声を発する少女を、後ろ手に抱き締め……彼は「任せとけ」とだけ、強い声調で返した。
果たして、ゴーディスは人力で引っ張る荷車を認めた。キョロキョロと辺りを見渡し、持ち主らしき人物がいない事を確かめ……。
「金は置いて行くぜ」
財布から荷車代には及ばない、それでも彼にとっては大きな痛手の金をその場に置くと、ツキーニを乗せて位置に付き、若馬のような勢いで走り出した。
「おぉ、これは便利だな!」
ゴーディスはふと、前方に立っている看板を見付ける。伝統的な飾り文字で「ラネイラへ、またのお越しを」と書かれていた。
「これから私達、何処に行くの?」
荷台で揺られるツキーニが問うた。
「とりあえず、この道を真っ直ぐに行く! 一日も行けば、別の小国へ着くはずだ! ツキーニを匿ってくれるだろうよ!」
「匿うって……ユリィから?」
「そうさ、ユリィって女からだ! ハッキリ言うがな、あの女は危険だ、絶対に危険だ! お前のような子供が、一緒にいちゃいけないんだよ!」
不整地の為にガタガタと身体を揺らすツキーニは、更に質問を続けた。
「まだ分からない、ユリィが本当に危ない……悪い人なのか、まだ分からないもの! 証拠も無いのに――」
声が通りやすいように、ゴーディスは少し速度を緩めた。
「殺人の方法を教える女が、まともな訳無いだろう」
「……それは私が――」
「馬鹿野郎! 悪い事を知りたがっている子供がいれば、『それは駄目だ』と教えてやるのが普通だ! ツキーニ――」
まだ引き返せるんだぞ……ゴーディスは懇願するような、やや細い声色で言った。
「お前は一人殺した、確かに殺した……もう充分だ、それだけで充分に罪を背負ったんだ。これからは、普通の人間として……後悔しながら暮らすんだ」
出来るだけ、俺も力になる――ゴーディスはそれだけ言うと、荷車の速度を速めていった。
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