第11話

「聞かれていたね。もしかして、今のが友人?」


 江井崎の奇妙な両目は、数秒前まで「盗聴者」がいた場所を見据えている。


「一瞬だけ表情が見えたけど。随分と――」


 野口孝行って名前に、驚いていたみたいだよ。


 水で濡らしたような長髪を手で梳きながら、江井崎は思い出に浸るような表情を浮かべた。


 一方のユリカは――微かな殺気を孕んだ目で江井崎を見つめ、「触手を無力化するにはどうするか」を思考していたのである。


 転生者の怪異的能力を無力化する「放能弾」は、果たしてにも通用するだろうか……。いえ、よく考えなさい阿桑田ユリカ。あの銃弾はとても貴重だし、ここぞという時に使うべき……。何か良い手があるはず――。


「そんな怖い顔、する必要なんて無い。ここで私と阿桑田さんが争ったところで、事態は好転する事も無い訳。むしろ、私は貴女の味方だから」


「味方がどうして人のを侮辱するのかしら」ユリカが涼やかに返す。


「江井崎さんが私の味方なら、『頑張ってください』と応援してくれるはずですが? それに……私は小説の登場人物なのでしょう? 気になりません? どのような結末を迎えるか……」


「結末は知っている。その女は破滅する訳。……でも、私はただ与えられた文章を読んで面白がるのは飽きた。『そんな男を追わないで、もっと別の人生を過ごしていたら』って、全く別の結末を考えるのが一番楽しい。阿桑田さん――」


 未来を一緒に変えない?


 ユリカの双眼程の位置――おおよそ一五〇センチメートルの体躯しかない江井崎が、トコトコと歩み寄り……手を差し伸べた。


「握手。もしくは――」


 撃ち抜いても良いよ。江井崎は眉一つ動かさず、ジッとユリカを見つめた。横倒しの瞳孔に、しかしながらユリカは視線を外す事は無く……。


 徐に懐に手を差し入れると、元来転生者に向けられるべき拳銃を取り出した。ユリカは微笑みながら銃口を江井崎の手に向け――。


 挨拶でもするかのような気軽さで、やや重たい引き金を引いた。一瞬で江井崎の手は破裂し、鮮血の代わりに……どす黒い液体が噴き出す。


「威力、良いねそれ」


 江井崎は感心するようにを見つめた。脂汗の一滴も流さない彼女は、ユリカを見上げて問うた。

 

「友好の印、と捉えて良いのかな」


 刹那――クスクスと笑い出したユリカは、「何を仰います」と答え……空いている方の手を再び懐に差し入れる。


 もう一丁の拳銃が姿を現した。


「孝行の侮辱は私への侮辱――」


 宣戦布告も同然です。


 二丁目の拳銃を素早く構えたユリカは、江井崎の顔面に狙いを定め……。


 やはり、鼻歌を歌うような気軽さで引き金を引いた。


 第二の拳銃に込められた銃弾、それは「極小榴弾」であった。極小とは名ばかりの威力を持つそれは、容易く江井崎の頭部を炸裂させた。液体に混じる大小脳、骨片が後方に吹き飛ぶと、その場で江井崎の身体は膝から崩れ落ち、力無く倒れ込んだ。


「おかしいですね、江井崎さん……」


 この程度で絶命するとは思えませんが? 二丁の拳銃、両方の引き金に指を掛けたまま……ユリカは蔑むような声色で挑発した。


 ユリカが瞬きを三回した後、アラボネ商会の事務所内に彼女以外の「女性の声」が響き渡った。


「外でか」


 途端に江井崎の肉片が蠢き出し、屋外へ向けて高速で滑って行く。全てが意志を持つ「悍ましき生物」のように、皆が一目散に暗い事務所から日の当たる通りへと駆け出す。


 ユリカは歩いて屋外へ出ると、通行人が二人、地面から飛び出している触手に自由を奪われ、宙に浮いていたのである。


「たっ……助けてくれ……!」


「誰か……誰かぁ!」


 動き回る肉片はやがて一箇所に集まり、果たして江井崎蜜里の姿を創り上げた。吹き飛ばされた頭部、手はしっかりと修復されており、それらの調子を確認するように、江井崎は首を回したり手を開閉したりしている。


「だけど、酷いものだよね」


 江井崎は小さく溜息を吐いた。


「貴女の武装は『寄生虫』です、なんて。こっちの世界に来る度に、注射を打って身体にを住まわせる訳。……まぁ専攻が似たようなものだから、別に良いけど」


 それより――江井崎は小首を傾げた。


「本当に戦うの? 撃たれた事は別に怒っていないし、今でも貴女さえ良ければ同盟を組める訳。言い忘れたけど、元の世界に帰還しても、貴女の事を新聞社に売ったり、通報しようだなんて考えていないけど」


 不幸な二人は接地する地面を探しているのか、両足をパタパタと前後左右に振り動かし、大声で助けを求め続けている。


 生木をへし折るような音が鳴り、二人がダラリと動かなくなった頃――江井崎はいたく残念そうに目を細めた。


「阿桑田さんの武装は拳銃か何かだよね。言いにくいけど、そっちの分が悪いと思うよ」


「ご指摘ありがとうございます、仰る通りですね。一体触手は何本あるのか、江井崎さんをどうすれば殺し切れるのか……見当も付きません」


 ですので――ユリカは内ポケットからある種の銃弾を取り出すと、素早くそれを装填し……天へ向けて引き金を引いた。


「何それ――」


 銃口から飛び出した弾は一目散に空へ向かった。銃弾が通過した空間には、目も覚めるようなピンク色の煙が一本、モクモクと噴き出したのである。


 突如ラネイラの地に出現した太い煙柱は――そこに暮らす者達、更には守護する者達をも引き付け……。


「……おい、何だアイツ!」


「二人斃れているぞ……アイツか、アイツが殺したのか!」


 異形の江井崎を取り囲んだ人々、そして衛兵は槍を構え、ジリジリと彼女との間合いを詰めていった。


 江井崎が辺りを見渡した時、大袈裟な信号弾を射出した張本人ユリカの姿は無く……。


「……何処に行ったのかな――」


 そう呟いた瞬間、一人の衛兵が後ろから江井崎の身体に輪縄を投げた……。

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