第10話
「――嘘じゃないから。……本当に私は……『ノグチ』って人を殺そうとしているし、実際に……その練習もしたの。……でも、でも……! ユリィの好きな人がノグチって……そんなのおかしい、何かの間違いよ……」
ツキーニは震えた声で理由を語り終えると、大きな、魂を吐き捨てるような溜息を吐いた。彼女が「少女らしからぬ旅の理由」を語る間、ゴーディスは一言も口を挟まず……。
ただ黙して耳を傾けていた。
大量の金貨を積んだ馬車が、やはり大量の護衛を従えて二人の後ろを通り過ぎた頃である。ゴーディスは不意に立ち上がると、ツキーニの手を掴み、無理矢理に立たせた。
「……な、何を……」
ツキーニは彼の手を振り解こうと藻掻いたが、しかし獣猟師の腕力には逆らえない。ゴーディスは彼女を見つめて言った。
「行くぞ」
「はぁ……? 何処に行くって言うのよ……?」
「ラネイラから出るんだ、そして……ユリィとかいう女から、なるべく離れるんだ。ラヌー達には後から秘匿便で報せる、だから――」
そんなの出来っこ無い! ツキーニはようやくにゴーディスから離れた。
「何かの間違い、そうよ聞き間違いなのよ! まずはユリィと話をして、私の誤解だって事を証明したいから――」
「それが真実だったとしたら、お前はどうなるんだ!」
決して大きくは無い、むしろ押し殺したようなゴーディスの声は、それでも少女の反論を遮るに充分な圧を孕んでいる。
「『私の殺したい人は貴女の想い人だと思います、本当ですか?』……そう聞くってのか? 間違いならそれで良い、問題は真実だった場合だ! 『えぇそうです、私達の旅はここで終わりですね、お元気で』……そう、穏便に返してくれると思うのか?」
甘いんだよ、お前は! ゴーディスは屈み、ツキーニの両肩を掴んで前後に揺すった。
「世の中にはな、謎で終わらせた方が良い事もある! 何でもかんでも暴いて行ったら、真実が牙を剥いて来る事なんざザラにある! あの女はまさに『暴いちゃいけない謎』だ、ツキーニ――目を瞑る重要性を知れ!」
垂れた前髪の中から――ツキーニは恨めしそうにゴーディスを見つめた。
「じゃあ……もしノグチがユリィの好きな人だったら、ユリィが私を殺すかもしれないの?」
煙に巻く事は一切せず――ゴーディスは力強く頷いた。
「充分に考えられる」
「……親友なのに?」
「あぁ」
「…………ユリィ、優しいのに?」
「あぁ」
「………………子供が好きだって、あんなに嬉しそうな顔をしていたのに?」
ユリィは、嘘を吐いていたの?
泣き出しそうな少女の問い掛けに、ゴーディスはゆっくりと……かぶりを振った。
「嘘じゃない。……あの女は、ただ自分の気持ちに、正直に従うだけなんだ。優しいのも、子供が好きだってのも、全部本当だ。そして――」
何かを懊悩するような表情を一瞬だけ浮かべたゴーディスは、その迷いを振り切る為か、声を低めて言い切った。
「正直な分、邪魔者が現れれば無視も諦観もしない……排除するだけだ」
ツキーニは俯き、しばらく経った後……両目からポロポロと涙を流し始めた。止めようも無い混乱が、胸中で渦巻く泥のような不安が、果たして「泣く」という行為のみを強制した。
「わ……私……どう……すれば……」
立ち上がったゴーディスは、落涙する少女を見下ろし……決心めいたような顔で言った。
「分からないだろう、どうすれば良いか、今後どのように生きれば良いか……」
零れ落ちる涙をグシグシと手で拭い、ツキーニは何度も頷いた。
「教えてやる。俺の背中に乗れ」
ゴーディスは槍を背中から正面に回すと、再び屈んで少女の騎乗を待ち受けた。
果たして泣きじゃくる少女は、ゴーディスにゆっくりと歩み寄り……。
広く逞しい背中に乗ったのである。両手を回し、ツキーニを落とさぬようしっかりと掴んだゴーディスは、辺りを見渡し――走り出した。
「凄いだろう、大人は」
振動で揺れるツキーニに、ゴーディスは息も切らさず語り掛けた。
「やっぱり、獣よりも子供を背負う方が性に合うな――」
大通りを疾走する彼は今、確かに湧き出て来る無限の力に――喜びすら感じていたのである。
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