第3話
「大きな街ですね、ここは。活気が溢れるというか、満ちているというか……」
ユリカ――もしくはユリィ――はラネイラの街並みを眺め、呟いた。八頭立ての大型馬車が大量の荷物を揺らし、走り去って行く。背負い籠に限界まで食料を詰め込んだ者が、いたく軽そうにヒョイヒョイと通り過ぎる。
四方八方に飛び交う店主達の呼び声が、ユリカには以前の世界でよく利用した商店街を思い出させた。
「ユリィはこういうところ、初めて?」
ツキーニが問うた。若干の疲労が顔に表れているものの、それでもラネイラに充満する生の活力が辛うじて彼女を正気に保っているらしかった。
「いいえ、遠い遠いところですが……似たような場所で買い物をした事がありますよ」
「そうなんだ、私は初めてだな。……こういうところって、あんまり私が来ちゃいけない感じがして……」
憎き者を追い、ほんの少し前まで修羅場にあった少女は――年相応の残り香を感じさせる笑みを浮かべた。ユリカは横目でそれを認めると、「ツキーニさん」と柔らかい声で言った。
「何か食べましょうか。まずはお腹を膨らませて……ね?」
ツキーニは快諾した。
「いらっしゃい、何にするんだい」
薄汚れたエプロンから突き出た腹を揺らし、中年の店主がにこやかに聞いた。忙しなく働く商人、荷運び人の空腹を安価で満たしてくれる彼の食堂は、この日も大勢の客で賑わっていた。
「お勧めとかってありますか?」
ツキーニがメニューを受け取りながら質問する。
「全部……って答えたいが、今日は活きの良いラフトが入っているんだ。ラフト焼き定食にするかい?」
「ユリィもそれで良い?」
「えぇ、構いません」
「決まりだな。御代は先払い、合計三〇〇ガリーだ」
ユリカから代金を受け取った店主は、大きな声で厨房に「ラフト定食、二つ」と命令する。間を置かずに「あいよ」と威勢の良い女性が返した。
「凄い人ね、ユリィ」
「はい、本当に――」
刹那、ユリカの笑顔が凍り付いた。奥まった席に座る二人組を認めた為だった。
人間の男性と……獣人の女……。
和やかに食事を摂っていた男達が、俄にユリカの方を見やった。無論、彼女は一言も発していない。彼らを引き付けたのは……尋常ではない「殺気」であった。相手が獣とはいえ、生活の殆どを殺傷に費やす彼らにとって、ユリカの放つ気は「猛獣」に似通っていたのである。
「ユリィ、どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
果たしてその二人組は「孝行達」ではなかった。男の顔は孝行に酷く劣るし、獣人の方は耳が天を向いている。
「はい、おまちどう。熱い内に無理せずかっ込んでくれよ」
ユリカに起きた変化を知らず、店主が陽気に二つの大皿を運んで来た。
サンマに似たラフトという魚が一匹、木の実の漬物が少し、顔面程もある平たいパンが一枚というものだった。
「さぁ、食べましょうユリィ」
「えぇ、頂きましょうか」
殺気をしまい込み、ユリカは「魚とパンは合わない気がする」と小首を傾げつつも、他の客に倣い、パンでラフトを巻いて齧った。
「……うん、うん……これ、美味しいですね」
思わず感想を口にしたユリカ。彼女の後ろで店主が「当たり前だろう」と豪快に笑った。
それから二人は定食を平らげ、膨らんだ腹を擦りながら食堂を後にした。
孝行もきっと……この街を訪れたはず。木を隠すなら森の中、人を隠すなら……。
「ちょっと、良いかな」
不意に掛けられた声がユリカの思考を遮った。二人が振り返ると、大柄の男が三人、肩に槍のようなものを担いで立っている。
「はい、何か御座いましたか?」
不思議と敵愾心は感じられなかった。ユリカの言葉に男達は顔を見合わせ、「お前が聞けよ」と小声で互いに小突き合っている。
「何かあったの?」
ツキーニが問うと、意を決したように真ん中の男が口を開いた。
「あ、あぁ……その、あんたら……いや、そこの姉ちゃんだ」
「私?」
ユリカが自身を指差す。男達は頷いた。
「あんた……間違っていたら悪い、忘れて欲しいんだが……」
男は一回りも小さいユリカに、何処か怯えたように問うた。
「もしかして、キティーナって女を捜していないかい?」
小首を傾げるツキーニを他所に、ユリカは小路を見やり……。
「あそこで話しましょうか」
冷めた声で言った。
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