第7話

「随分と仲睦まじい夫婦であったぞ。常に寄り添い、交わす視線には確かに熱を込めていたな」


 パウドは挑発を続ける。


「獣人の妻は特に気が利いていた。病人がいる家を訪問しては、不思議と病状に適した薬を調合し、無償で置いて行ったのだ。……ムグル達は恐らく、夫婦の内情を悟ってお前に全てを語らなかったのだろう」


 人心を読めるのだ、お前と違ってな――言い終えた時、パウドはゴホゴホと咳き込んでなお笑った。


 沈黙を続けていたユリカは……天井を見上げ、大きく息を吸い込んだ。


 老爺に視線を向けた時――彼女の顔は実に晴れやかなものだった。


「パウドさん。貴方は本当に……長として相応しいお方ですね」


 ユリカは続けた。


「死ぬかもしれない、村民に危険が及ぶかもしれない……そのような恐怖を感じていながらも、それでも気丈に振る舞う……到底私には出来ませんし、しようとも思いません」


 ですから貴方は――安楽椅子を手で揺すったユリカ。


「このまま、


 目を見開く老爺に……ユリカは慈愛の満ちた笑みを向ける。


「どうしてでしょうね……本来の私なら、『何て酷い事を言うの』……と、バンとやってしまうところなのですが……私、ハッキリ物事を言う人が好きでして。それに……」


 何だか、嫌な感じがするものでして。


 ユリカは骨の浮き出た胸板を眺め、「さてと」と外套に付いた埃を払った。


「ま、待て……! 何処に行くんだ! まだ質問が残って――」


「いいえ、もう良いのです。……隠していても仕方無いのでお話しますと、パウドさんの仰る通り、この村を訪れた男性は私の伴侶となる方です。本当ならすぐに追い掛けて行きたいところなのですが、今は好機ではなさそうでして」


「……獣人の妻はこうも言っていたぞ、『子供が欲しい』とな。お前には到底叶わない夢だろうが――」


 何とかしてユリカを怒らせ、自らを殺させる……生きた爆弾は起爆を望んだが、果たして叶う様子も無く――。


「それって、獣人が言っていただけでしょう?」


「……いいや、男も同じ事を言っていた! この家に来た際、彼は何度も言っていたんだ! 酒の席でも、そうでない時もだ!」


 パウドさん――ユリカは老人の前に屈み、ジッと目を見つめた。


「随分と饒舌になりましたね。嘘はいけませんよ」


 お仕置きが必要みたい……立ち上がったユリカは村民命板の前に立ち、重たそうにそれをパウドの前に置いた。


「ご覧ください。嘘を吐くとどうなるか……」


 一歩、また一歩と外に行こうとするユリカの背に、パウドは何度も叫んだ。


「止めろ、止めてくれ! せめて……せめて儂を殺してから行ってくれぇ!」


 ようやく――ユリカは振り返り、笑った。


「本音が出ましたね。老獪極まる……といったところでしょうか。……昔、身体に爆薬を溜め込む事が出来る敵がいましてね、うっかり殺してしまったのです。えぇ、それは大変でした……それから私は、『殺せ』と頼む人はなるべく殺さないようにしているんです」


 パウドは露呈した策の「粗末さ」に……落涙するだけだった。


「最後に一つ。挑発が効かない人間もいるんですよ――それでは、ご機嫌よう」 

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