第4話 ターミネー子、緊張する

「……よ、よう快瑠。待ってたぞ」


 もう少し遅くてもよかったのだが、約束通りの時間に来てくれた。

 いつも通りに紺色のスーツを着崩したソイツは、俺の呼びかけに対してうんともすんとも言わずに黙ってこちらを見ている。

 そのまま無言無表情でスマホを取り出し、ピピポと三度タッチしてから耳に当てた。

 どこにかけたのだろうか?


「……もしもしポリスメン? 目の前で婦女暴行の現行犯が」

「おい待てッ!! 誤解だ! 誤解だから早く切って!!」

「あー……すいません、どうやら勘違いみたいでした。……はい、ええ。では、失礼します」


 快瑠は通話先の相手に軽く礼をしたのち、それを耳から離した。

 ……信じらんねえ、マジで通報しやがったのかよこの野郎。


「羽鳥譲治、こちらの方は?」

「コイツは快瑠。俺の友人で、この会社の社長でもある。……って、もう大丈夫なのか?」

「…………うぇえええええええーーんっ!!」

 

 第三者の出現によって泣き止んだと思ったら、そんなことはなかった。

 というか今完全に忘れてたよね?

 俺が聞くまで何ともなかったよね?

 

「……おい快瑠! 何か食い物はないか!?」

「は? そんなことよりもその女性をどうにかしろよ。お前が泣かせたんだろ?」

「どうにかするために食い物が必要なんだよ! 何でもいいから早く!」

「……お、おう」


 ただの腹ペコ女に食料を与えようとしているだけなのに、まるで災害時に救助作業を行っているかのような錯覚に陥ってしまう。


「コンビニの鮭握りでいいなら、ほら!」

「よし!」


 気分はまるで緊急手術中の執刀医。

 そしてメスの代わりに投げ渡された鮭握りを、泣き叫ぶアンドロイドの口に突っ込んだ。

  

「んぐっ!?」

「食え! 食うんだ!」


 機械の口に鮭握りが合うのか、そもそも食えるのかはこの際関係ない。

 とにかく空腹感をかき消してさっさと泣き止んでくれというのが俺の切実な思いだ。

 このままじゃまともに話すらできないし、俺のストレスもジワジワ蓄積されているからな。


 そして最初の一口は俺が無理やり突っ込んだものの、すぐに自分の手で握りを持って食べるようになった。

 TA-2000が夢中でそれを食べている間、俺と快瑠はただただ無言で見ていた。


「もう、大丈夫か?」

「はい。空腹感の消滅を確認しました」

「そうか……」


 満足げな表情を浮かべた彼女を見て、俺はほっと胸をなで下ろす。

 だからといってストレスが抜けたわけではないが。

 

「……で、譲治クンよ。そろそろ説明してもらおうか? 素肌にシャツとズボンだけを着用した、お前には似つかわしくない女性との関係を」


 快瑠はそう尋ねてスマホを取り出し、ボイスレコーダーのアプリを起動する。

 俺に向ける鋭い眼差しは、一般人が犯罪者に向けるそれとなんら変わりない。


「だから誤解だっつってんだろ。何ならコイツの口から言わせてやろうか?」

「よろしいのですか?」

「あぁ。俺とお前の間柄をちゃんと教えてやってくれ」


 初っ端から俺と君との関係を誤解していたこの男に、機械らしく寸分の狂いの無い言葉でガツンと言ってやれ。


「私は昨夜、衣服を着用せずに羽鳥譲治の前に送られました。そして今現在、羽鳥譲治は私に対する監督権限及び多大な責任を所持しています」

「オイッ!!」


 たしかに正しいよ。言っていることは何一つ間違ってない、全て事実だよ。

 だけど言い方ってもんがあるだろ?

 どうしてそうも誤解させるような言い方をするんだよ!?

 

「もしもしICPOインターポール?」

「おいやめろ! 国際刑事警察機構に通報してんじゃねえ! 本当に誤解なんだよ!」

「さすがにドン引きだわ……。いくら俺でもこればっかりは擁護できねぇわ……」 

「だから違うっつってんだろ! そもそもこの女は人間じゃないんだよ! タ〇ミネーターなんだよ!!」

「…………そういうことだったのか。ごめんな譲治、分かってやれなくて」


 俺がキレ気味に声を張り上げると、快瑠は少しぎょっとしてICPOへの発信を取りやめた。

 そして穏やかな、同情するような瞳で俺を見つめてきた。


「やっと、分かってくれたか」

「あぁ……。お前の行くべき場所は刑務所でも留置所でもなく、病院だったんだな。もしもし赤十字?」

「うがあぁああああああああッ!!」


 頭の血管が何本か断線し、髪の毛もごっそり抜け落ちた気がした。

 


 ♦♦♦


 

 快瑠に何度もおちょくられ、その度血圧を上げたり下げたりしながらも、俺は説明を続けた。

 

「つまりあの女は未来からやってきた殺人ロボットで、昨日の晩にお前と主従関係を結んだ」

「そうそう、その通り。ザッツライト、エグザクトリー」

「……っつーのが建前で、本当はお前が呼んだ嬢でプレイの一環なんだろ? たしかに誰かさんの好きそうな顔をしてるわ」

「ちちち、ちげーよ馬鹿ッ! 聞こえたらどうすんだよ!」


 ガラス越しの応接室に目を向ける。

 そこにある少しばかり高級な黒ソファには、一旦部屋の隅から移動させたTA-2000が姿勢正しく座っている。

 そして1ミリのズレなく背筋を伸ばしながら、来客用の菓子を貪り食っている。


「いや、どうみても人間だろ。それもちょっと頭の弱い」

「頭の弱さは否定できない。どうやら未来人は予想の斜め下を行くらしい。……まぁとにかく、これについては見てもらうのが一番早いと思う」


 どうも言葉だけでは納得させられそうにないので、アイ◯ボットぶりを実演してもらうことにする。

 俺は応接室のドアを開き、ザラメ煎餅を両手持ちしているソレを呼びつけた。

 そして快瑠によく見ておけよと一言伝えてから、


「TA-2000さん。あのドアを撃ってくれ」

「よろしいのですか?」

「おう、綺麗に吹き飛ばしてくれ」

「了解しました」


 ガシャンガシャンと音を立て、細い右腕が黒光りする大口径に変形する。


「は……?」 

「羽鳥譲治、発射命令を」

「撃て!」


 ズドンと豪快な音が響き、ほとんど使い物にならなくなっていたドアが跡形もなく消し飛んだ。


「……なぁ、譲治」

「なんだ」

「米軍の番号を知ってるか?」

「やめとけ。現代の科学力で勝てる相手じゃないだろ」

「だよなぁ……」


 快瑠はやっと信じてくれたらしく、明日にでも巨大隕石が地球に衝突するニュースを聞いたような、全てを諦めた顔になって落ち着いた。

 百聞は一見に如かずとはよく言ったもんだ。


「そうだよなぁ……そういうことだよなぁ…………うっし!」


 何やら一人でブツブツ言ってから、パンッと両頬を叩いた。

 

「おい譲治、この人……いや、この機械? まぁどっちでもいいけど、ここで働かせればいいんだよな?」

「そうだけど、いいのか?」

「ターミネ〇ターを放置して大事になったらどうすんだよ? すぐに戦争が起きるぞ? だったら俺達で匿って社外秘にするしかねえだろォ!?」

「お、おぉ……」


 さすがは快瑠。

 飲み込みが早い、早すぎる。 

 伊達に性格以外は完璧超人と呼ばれてはいない。


「そんじゃ早速始めんぞ」


 そう言って快瑠は俺とTA-2000を応接室に連れ込んだ。

 TA-2000を一人でソファに座らせ、菓子詰めの置かれたテーブルを挟んで俺と快瑠が並んで座る。


「譲治、準備はいいな?」

「おう」

「羽鳥譲治、これは一体?」

「これはな、現代社会においてとてもとても大事なものだ」


 そこで快瑠が俺の口に手を置いた。

 どうやら自分できっちり言いたいらしい。


「はじめましてTA-2000様。私は斉波屋代表取締役社長の佐良浜さらはま快瑠かいると申します」

「……は、はじめまして」


 快瑠はシャツの第一ボタンを止め、名刺を差し出した。


「貴方は当社での就労を強く希望される、ということでよろしいですね?」

「は、はい!」

「分かりました」


 さっきまでおちゃらけていた男の眼差しが突然真剣なものに変わり、ピリッとした緊張感が場に流れ出る。

 目の前の殺人アンドロイドもそれを感じ取ったようだ。



「――それではこれより、入社面接を開始します!!」


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