第3話 ターミネー子、空腹に泣かされる

「ウチで働かせるってことか……」

『はァ? ウチで働かせるってお前、モノホンでもいんのかよ?』

「いっ、いや! 違うんだ! もしもの話だから!」


 この殺人アンドロイドと同じ職場で働く。

 字面だけ見れば大分トチ狂った案だが、意外と悪くないかもしれない。

 監督権限とやらは俺にあるわけだし、目の届く場所にいれば色々と抑えることができるはずだ。自爆の発作とか、コンビニで堂々と万引きして「この手に言いな」などとのたまうのを。


「それともう一つ、明日はいつもより1時間早く出勤してくれ」

『なんでだよ』

「なんでもだ。誰よりも早くお前に見せたいもの、俺とお前でしか話せないことがある」

『ったく、仕方ねーなぁ。あとでラーメン奢れよ』

「すまん、悪いな。それじゃ切るわ」


 俺の本気度が伝わってくれたのか、渋々了承してくれた。

 やはりアイツにかけて正解だった。


「さて……と。TA-2000さん? 着替えは終わった?」

「完了しました」


 その返事を聞いて、数分ぶりに目を向けた。

 見ると彼女は男物のシャツとズボンをしっかりと着こなしていた。これなら職務質問を受けることもないだろう。

 それにしても本当に、外見だけならただの人間にしか思えない。それも雑誌で特集記事を組まれそうな、うら若い美人OLと言って差し支えないだろう。

  

「どうかしましたか? 私の人工皮膚に何か異常でも?」

「いや、何でも……ないです」


 少しの間とはいえ、何を見惚れているんだ俺は。

 たしかに見た目は俺の好みのド真ん中ドストレートだが、その中身は殺人アンドロイドなんだぞ。人類の敵なんだぞ。

 

 そう自分に言い聞かせながら、俺は新たな命令を下す。


「明日の朝までここで待っていてくれ。7時には来るから」

「朝までここに私一人で、ですか?」

「そう」


 さすがに連れて帰るわけにはいかないだろう。

 特に大人の男が一人で暮らす狭いマンションには。

 なのでとりあえずはここで待機してもらう。

 

 それにしても俺の言葉を聞いて一瞬だけ不安げな、寂しそうな顔を見せたのは気のせいだろうか?

 ……あぁそうか、燃料が欲しいのか。


「動力源は電気だよね? そこらへんのコンセントプラグから好きに充電していいから」

「いえ、体内で小型の原子炉を稼働していますので問題ありません」

「そういうタイプだったか」


 つまり最後は太陽に突っ込んで消滅するってわけだな。

 または口から熱線を吐きまくって大都市やランドマークを破壊し尽くす化け物になるのか。

 だとしたらなおさら連れて帰るわけにはいかないな。危険すぎる。


「とにかく俺はもう帰るけど、君はここにいてくれ」

「了解…………しました」


 そのまま帰りはどこにも寄らず酒も飲まず、全ては明日の自分に押し付けることにして、普段より3時間は早く寝た。


 そして夜が明け、


「さすがにこの時間は誰もいないな」


 いつもなら同僚だったり、別の階に職場を持つリーマンだったりが乗り合わせてくるエレベーターには俺一人しかおらず、少しひんやりとした空気が充満している。

 右手首を見ると、銀色の光沢を持つ腕時計が7時少し前を指していた。

 

 チーンとベルの音が鳴り、冷たい鉄の扉が開く。


 そして真っ先に目に入ったのは、大きな半月状の穴。

 ドアの意味を成さないドアだった。


「夢であってほしかったなぁ……」


 これは逃れられぬ運命だと認め、俺は決意で満たされた。

 次いで大きく深呼吸をして、

 

「おはようございまーす!」


 高らかに声を上げながら突入した。 


「……アレ、いない。おーい、TA-2000さーん! どこにいま……えっ?」


 空元気を出したまま、なぜか姿の見えない彼女を探すべく室内を見回す。

 そして部屋の隅にて体育座りで縮こまるそれを見つけてしまった。

 サイボーグとは思えないほどに鬱屈とした空気を放つそれを見て、俺の空元気は一瞬でかき消された。

 

「あの、TA-2000さん? 大丈夫ですか?」

「ぁ……羽鳥、譲治……」


 彼女は自身の膝を見ていた顔をゆっくりと上げる。

 両の目から顎にかけてうっすらと筋のできた顔を。


 まさかあの後、ずっと泣いていた……?


「えっと、一体何があったんでしょうか」

「う……ぅあ……うぁぁぁああああーーーんっ!!」

「えぇ……」


 俺の質問に答えず、俺のことなどお構いなしに泣き出した。

 マジで何なのこの人。いや、人じゃないんだけどマジで何なの? もしかして欠陥品だったりするの?

 実は転送先もワザと間違えられたりしたんじゃないよな?

 

「あの、一旦落ち着きましょう? ……はい、ハンカチ」


 きっとこの時代、涙を流すアンドロイドにハンカチを渡す人間なんて俺以外にはいないだろう。


「うぐっ……。申し訳、ありません」

「それで、本当にどうしたんですか? 何かあったんですか?」

「実は……昨夜あなたが去った後、私の存在価値はないのだと、やはり私は見捨てられたのだという解を導き出してしまい……」

「導き出してしまい?」

「それで心細くなってしまい、涙を流した次第にございます」

「はぁ……」


 そんな、あまりにも人間臭い理由で泣くなんて想像すらしなかった。

 それにしても何か後ろめたいので、ちゃんと言い訳をしておこう。 

 

「いや、ちょっと大事な用事があったから一人で帰らなきゃならなくてさ」

「……どうして嘘を吐くのですか? やはりあなたにとって私は」

「あっ」


 そういや嘘を見抜けるんだったな……。

 段々めんどくさくなってきたぞオイ。


「いやホント、TA-2000さんをいらない子だとか思っていませんから。ほら?」

「……そのようですね。安心しました……わぁーんっ! うわぁあああああん!!」

「今度は何!?」


 散々謎の液体で濡らしたハンカチを俺に返した後で、また激しく泣き出した。

 機械だから許容できるが、人間だったら即刻精神病院送りだと思う。


「うぁああああーーん! お腹すいたぁあああああ!!」


 ……は?

 マジで何言ってんのコイツ?


「お腹すいたってキミ、体内に原子炉があるから活動限界とかはそう来ないでしょ?」

「……はい。今現在活動エネルギーは99.8%満たされています」

「ですよね?」

「ですが、人間に紛れて任務を遂行する際に怪しまれないため、空腹を感じるように作られています」

「…………なるほど、ね」

 

 認めたくはないが理解はできた。

 同時に、頭の弱い女子高生のような考え方と泣き方をする理由についての仮説も浮かんだ。

 この仮説が正しかった場合、機械側は最終的に敗北するという確信を抱くことになる。


「もしかしてだけど、人の性格なんかをインプットした人工知能とか、埋め込まれています?」

「肯定します。私にはType-193、通称『寂しがり屋の新卒ダメっ子OL』が搭載されています」

「……Oh」


 もういっそのこと、未来の人類・機械共々滅んじまえよ!

 100年経ってもこんなのが通用すると思われている人類も滅んじまえよ!!


「再度お知らせします。空腹で死にそうです」

「いや、死にはしないでしょ? 機械なんだし」

「はい。死にはしませんが、代わりに泣きます。うわぁぁああああ――」

「あぁクソッ! どうすりゃいいんだよ!」


 目の前で泣き続ける彼女に釣られ、俺も泣きたくなってきたその時だった。



「――おい譲治ィ! これはどういうことか説明しろってん……だ…………」



 勢いよくドアが開かれ、最悪のタイミングでソイツが現れた。

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