第2話 ターミネー子、存在意義を見失う

「ひぐっ、ぐすっ……。う、うわぁあああーん!」

「えぇ……」


 泣いている。

 さっきまで俺を殺そうとお手本のような殺人アンドロイドっぷりを演じていた女性が、目から透明の液体を流して泣いている。

 普通こういうのって、物語の終盤で「私は涙を流せないが、人間がなぜ泣くのかは理解した」とか言いながら溶鉱炉に沈んでいくもんじゃないのか?

 それがさも当たり前のように、ペットの犬が死んだ時の女子高生じみた泣き方をしていらっしゃる。

 

 実はやっぱり、コスプレをしているだけの生身の人間なんてことは……。


「うぅ……。私の存在意義は、もうどこにも」


 なんてことはなかった。

 やっと泣き止んだと思ったら、今度は胸部がパカッと開き、中から赤く点灯するボタンらしきものが現れたのだ。

 そしてこの形状はまさか。


「もしかしてそれは、自爆装置とやらでは」

「はい、よくご存知で。これを押した300秒後に私は爆発し、跡形もなく消え去ります」


 やっぱり!


「少なくとも半径1㎞は灰燼と化すので早く逃げてください。あなたが立ち去ったのを確認してから私、TA-2000の抹消を開始します」

「いやいやいや、それはダメだって! 絶対に押すなよ! 絶対だぞ! フリじゃないからな!?」

「なぜですか?」

「なぜって……」


 そりゃダメに決まってるだろ。

 仮に俺と数人の知り合いだけ逃げおおせたとしても、街が吹き飛ぶんだぞ。

 何千何万と人が死ぬし、明日からどこで働けって言うんだよ?

 

「どうか未来に帰っていただけませんかね?」

「そのような技術は確立していません」


 顔色一つ変えずにキッパリと言い切られた。

 片道だけしかできないってなんだよ特攻隊かよ。それでも未来の技術かよ。


「いやほんと、勘弁してもらえませんか? せめて俺が生きている間は平和な世界のままでいさせてください」 

「従えません。我々は存在意義を失った場合、自らを抹消するように命令されています」

「それなら……。今から100年間冷凍保存でもして、ジョージ・ハドリーさんとやらが生まれるまで待つっていうのは」

「私の転送が失敗したことを受けて、至急転送装置の修理・点検がなされるはずです。そしてそれが完了次第、別の個体が送られることでしょう。つまり私はいらない子……うっ……ひぐっ、うぇえええ――」


 落ち着いたり泣き出したり、アンドロイドのくせに下手すりゃ人間よりも感情の起伏が激しいんじゃないのか?


 それにしてもいらない子、か。

 人間でも、それがたとえアンドロイドでも、いらない子なんてものは存在しない。

 他人より劣っているから、家を継がないから、なんて馬鹿げた理由で「いらない」と吐き捨てていいわけがないんだよ。


 ……なんて、今はそんなことを考えてる場合じゃないな。 

 要は存在意義って奴を無理矢理にでも与えればいいんだろ。

 どうすれば抹殺対象のいない殺人マシーンに存在意義を与えられるか。どんな責任をこじつければこの街の平穏は守られるのか。

 存在意義存在意義存在意義存在意義…………そうだ!


「誰かさんに壊されたドアと壁、それとこの床を見てくれよ! 君にはこれらを弁償する義務があるんじゃないかな!? つまりそれが存在意義になるんじゃないかな!?」


 俺の言葉を受け取った彼女は、自身が破壊したものを確認するためにゆっくりと首を回転させる。

 そして計1080度、3回転した後、無表情で固まった。

 

 ……頼む! 弁償すると言ってくれ!

 くれぐれも自爆という死をもって償う、なんて言うのはよしてくれよ!



「――了解しました。これらの損害についての弁償を私の存在義務とします」



 ッしゃあ!


「つきましては羽鳥譲治。任務を完了するまでの間あなたを私の責任者と見なし、監督権限を付与します」

「……えっ?」

 

 それはつまり別の言葉で言いかえると、「ご主人様に忠誠を誓います」や「あなたが私のマスターか」的なアレでは……。


「任務を完了するための命令をどうぞ」


 寸分のズレなくピシッと姿勢を整え、瞬き一つせずに俺を見つめている。……もちろん全裸で。


 いくら目の前の女性が機械で、腕が変形したり胸から自爆スイッチが飛び出たりするとはいえ、ほとんど落ち着いたこの状態で直視するのはまずい。

 俺の理性がまずい。

 

「あ……あー。ちょ、ちょっと待ってくれ」


 なので俺は背を向けながら移動して、縦長のロッカーに張り付く。 

 そして中から適当なシャツとズボンを取り、それを見てはいけないものに向けて投げつけた。


「とりあえず急いでそれを着てくれ!」

「了解しました」


 その間に俺はポケットからスマホを取り出して連絡先一覧を開き、『佐良浜(社長)』の名で登録された最も信頼できる人物に電話をかける。

 そいつはプルルルと1コールが終わった直後に出てくれた。


『よう譲治ィ、もう飲み始まってんぞ? どこで何してんだァ?』


 少し酒が入っているのか、いつもより軽い声が耳に入り込んできた。


「すまん快瑠、急な用事ができて行けなくなった」

『おぉ? ついにお前にも女ができたかよ!』

「違うわバカ! ところで一つ真面目な質問が……いや、よく考たらふざけた話なんだけど真面目な質問なんだ。答えてくれ」

『おぅ?』

「いきなり職場にタ〇ミネーターが転送されて、その際に壊したガラスや壁の弁償をしたいと申し出てきたらどうする?」

『なんだそりゃ? ふざけてんのかァ?』


 ……我ながらふざけた質問だと思う。

 それに酒の入った人間にこんな質問をしてもまともな答えが返ってくるはずもないか。


『まぁそうだなァ……。やっぱ、手っ取り早く稼ぐにはタ〇ミ〇ネ〇タ〇らしく殺し屋でもやらせるべきっしょ! 大統領を暗殺させようぜ! トラ〇プとかさ!』

「……平和的な稼ぎ方で頼む」


 使い方としてはそれで正解なんだけど、違うんだよ。

 〇ー〇ー〇ー〇ーのくせに殺人縛りが発動してるんだよ。


「こんな質問をした俺が間違ってた。何も聞かなかったことにしてくれ」


 そう言って赤丸を押したが、その3秒後に着信音が鳴り出した。


『私にいい考えがある』

「なんだ? 非合法な稼ぎ方はナシだぞ」


 全く安心できない前振りを吐いてくれたので、少しの期待を込めて俺は耳を澄ます。



『んなもん決まってんだろ。同じ職場で働かせるんだよ』


 

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