ターミネー子は役立ちたい
GODIGII
第1話 ターミネー子、転送先を間違える
いつも通りの仕事終わり。
同僚達は半刻も前に退社していて、日中は狭く感じる賃貸オフィスが少しばかり広く感じる。
「これで終わり……っと」
パソコンの電源を落とし、今日の売り上げを金庫に保管する。
デスクに散らばった小物を片付けながら出入口の上に掛けられた丸時計をチラっと見ると、時計の針は大小ともども8と7の間を指していた。
今日は8時から飲みがあるんだった。早く行かないと。
そう思って素早く席を立った瞬間、
「うっ!?」
キィィィン、と。
突然鋭い耳鳴りが響き、俺の動きを止めた。
「なんだ、これ?」
両耳を塞いでうずくまっても、耳鳴りはしばらく続いた。
30秒ほど続いて死ぬんじゃないかと思い始めたあたりで、それは治まった。
「……なんだったんだ今のは」
そこまで不規則な生活はしていないし、無理というほどの無理はしていないはずだけど、重い病気とかじゃないよな……?
とりあえず次の休みにでも病院で見てもらうとして、今は早く行かないと。
などと考えながら鞄を手に取った直後、ジジジという聞き覚えのない電子音が。
しかし今度は耳鳴りではなく、出入口のドアから聞こえてくる。
「なんだぁ……?」
じっと音の鳴る方を見ていると、バチッと何かが弾ける音がして、ドアの前の空間が歪むようになった。
「やば……。マジで重い病気かも」
そう呟いている間にも円形の歪みは少しずつ大きくなっていく。
そして直径が1mを超えたあたりで、
パンッ!!
「ぐッ!?」
一際大きな破裂音と青白い閃光が走った。
俺は明らかに鼓動が速くなるのを感じながら、ぎゅっと瞑った目をゆっくりと開く。
そして目に入ったのは――
「――転送完了、これより任務を開始する」
作り物のように端整な顔と艶やかな黒髪。
白磁のような白い肌。
それでいて、どういうわけか布一枚すら身に纏っていない。
「んんんんん!!?」
マジでなんだこれ!?
夢か? 夢を見ているのか?
それとも幻覚か? 何者かによる卑劣な幻術を受けているのか?
俺はもう一度目を瞑り、さっきよりもゆっくりと開いた。
いつの間にかその女性は一歩前に詰めてきていて、俺の顔に向けて右手を伸ばしていた。
さらにじっと俺の顔を凝視され、また別の理由で鼓動が速くなる。
「えっ!? あの、えっ?」
一体なんだこれは? ドッキリか? それとも新手の美人局か?
などと困惑していたら、さらに予想外なものが目に入った。
「貴様がそうだな?」
「……は?」
俺の顔に向けられた手が、突然変形したのだ。
そのままの意味だ。
突然女性の右腕がサ○コガンや○ックバスターじみたものに変わった。
しかもガチャリという、リロード音のようなものまで聞こえてきた。
やはりこれは夢なのだと思って頬をつねったり、割と強めに平手打ちをしたのだが、痛いだけで目に見える景色は依然変わらない。
つまりこれは……現実、なのか?
「あ、あの。どちら様でございましょうか」
興奮が恐怖に変わり始めた時に、つい飛び出た言葉がこれだった。
「私はTA-2000。サイバーベイン社取締ジョージ・ハドリーを抹殺するためにやってきた。貴様で間違いないな?」
そして返ってきたのは、ワケの分からない言葉だった。
……いや、何を言っているかは理解できる。
人類対機械が題材の映画やアニメなんかでよくある設定だ。未来からやってきた殺人マシーンが、将来邪魔になる人間を殺し尽くすとかいうアレだ。
だけどそれは創作の話でこれは現実。つまりこの女性は何かヤバいものをキめているコスプレ――
「答えろ!」
「ひぃっ!?」
ズドンと轟音が響き、何か熱いものが顔の横を一瞬通り過ぎた。
それでゆっくりと振り向くと、コンクリート製の床が一部抉れ、うっすらと煙が立ち上っているじゃないか。
さらに言えば最初に女性が現れた場所の壁と床も抉れ、ドアには半月状の大穴が。
…………マジかよ。
「そうか、何も答える気はないか。まぁいい、どちらにせよ30秒後、装填が完了次第貴様を抹殺する。今の内に念仏でも唱えるがいい」
映画だったら逃げようとしても殺され、殴ろうが物を投げつけようが銃で撃とうが傷一つ付けられずに殺されるだろう。
そんな相手に狙われている絶対絶命の状況だ。
しかし幸運なことに、俺はサイバーベイン社のジョージ・ハドリーさんなどではない。
「すいません」
「なんだ?」
「きっと、いえ、間違いなく人違いだと思うんですが」
「人違いだと? そんな嘘が通じると思うか? 私の目には嘘を見抜く機能が備わって…………どうなっている?」
「初めましてTA-2000様。私は
目の前の殺人アンドロイドは俺が震えながら差し出した名刺を掠め取り、改めて嘘を見抜く機能とやらを使って照合を始めた。
機械だからほとんど感情がない。
だから何を考えているのか全く見当がつかなくて怖い。
俺は抹殺対象ではないと断言できるが、絶対に生き残れるとは断言できない。
秘密を知ったから殺される、なんてこともあり得る。
親父、お袋、ごめんな。
嫁と孫の顔すら見せられずに死ぬかもしれない。
「おい」
「……はい」
「今年は西暦何年だ? 2118年で間違いないか?」
転送場所を間違っただけでなく、年代まで間違えていたとは。
「今年は……西暦2018年です」
「つまり私は、本来とは異なった場所と時代にやってきたと?」
「そういうことに、なりますね」
「ジョージ・ハドリーも、生まれてすらいないと?」
「……おそらくは」
それを聞いて彼女は腕の武装を解除し、ズシンと両膝を床につき、
「うわぁああああああああーーーんっ!!」
初めて人間らしく泣いた。
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