第75話 解決と……

「いらっしゃいませ。ご予約は既に承っておりますので、あちらの席にお座り下さい」

「サンキュー」

「……」


 顔パスのように受付員に通され、金髪の男は手を上げて案内された場所に座る。全て木製で出来たこの店内にはヒノキの匂いで包まれ、観葉植物と優しく光る照明が特徴的である。


 落ち着きのあるこの店はデートスポットにもってこいの場所だろう。


「ほぅ……流石はアイツがおススメする店だぜ。なぁ、マシロ?」

「そう……ですね」

「まぁ、オレの楽しみはここじゃねぇけどな。ヒヒッ」


 金髪の男は先を見ていた。ホテルで真白と交わる自分の姿を。


「一つ聞いとくが、ちゃんと別れたんだろうな? アイツと」

「…………別れました」


「アハハハ! そっかそっか。だいたい、一般人がアイドルと付き合えること自体ありえねぇことなんだよ」

「……っ」


 苦虫を噛み締めた表情で俯く真白に気付くことなく、金髪の男は機嫌が良いことを隠す事なく大声で笑いあげる。


 脅しが全て上手くいく。金髪の男にとってこれほど嬉しいものはないのだ。


「マシロもそう思うだろ?」

 ーーそして、金髪の男は同意を求める。


「お、お互いが好きになったのなら……ありえないことはありません」

「そりゃあ理想だ理想。どーせ、オマエの元彼は影で女遊びでもしてんだから。オレと一緒でな!」


「……れ、蓮くんはそんな人じゃありませんっ」

 声を震わせて真白は反論をした。これはVRのレオを、現実の蓮を知ってるからこそ断言出来ること。しかし……これが金髪の男の逆鱗に触れることになる。


「おい。オレに口答えすんじゃねぇよ」

「痛っ……!」

 整えられた真白の髪を捻るように引っ張り、グッと顔を近付ける金髪の男は怒りで目を剥く。


「オマエに未練があろうがなかろうが、誰も助けには来てくれねぇんだよ。さっさと諦めろ」

「ご、ごめんなさい……」


「分かりゃ良いんだよ。ったく、食事前に汚ねぇ髪を触らせやがって……。手、洗ってくる」

 投げ捨てるように、髪を離した金髪の男はお手洗いに向かっていった。


「……本当に、ごめんなさい」


(真白……)

 蓮の耳には真白が謝る声が鮮明に聞こえていた。

 付け髭とダテ眼鏡で変装をした蓮は真白の後ろの席に付いているのだ。


 真白を脅してる男。

 真白の髪を強引に引っ張り、反抗も出来ないような上下関係を示すその姿。

 何も悪くない真白に謝らせる男。


 蓮は真白の後ろで必死に怒りを殺していた。


 金髪の男が席を外してもなお、真白は俯いて唇を強く噛み締めている。

(俺がもっと早く気付いていれば……)


 蓮の心に残るのはただそれだけ。悔いだった。


 その思いに耐えること数十分、金髪の男が帰ってきた後に前菜からメイン、デザートと決められた流れでランチが運ばれてくる。


 ーー問題が起こったのはデザートが運ばれてきた時だった。


「おい、それをオレに食わせろ」

「……えっ」

「え? じゃねぇよ。カップル同士でするだろ? あーんってやつ」


 デザートに運ばれてきたのは、ガラスに入れられた杏仁豆腐だ。


「……」

 真白は無言を貫く。それは『嫌だ』という示しだ。


「だから、オレに食べさせろって言ってんだよ」

「……」

「オレの言うことが聞けねぇのか?」

「……き、聞きたくないです」


 真白が否定した理由は、蓮になにかを食べさせることがなかったからである。もしこれをしてしまえば、真白にとって初めてを渡すことになる。……それだけはしたくなかったのだ。

 

「そんじゃあ、アイツを攻撃しちまおうかなぁ?」

「……っ! き、聞けます。聞けますから……」

「だよなぁ。聞けねぇわけがねぇよな! アハハハ!」


 思い通りに真白を動かせていることに嬉笑を作る金髪の男。


「だが、オレはオマエにお仕置きをしないといけねぇなぁ。オレに2度も口答えした罰だ。……面貸せ」

 金髪の男はビンタのジェスチャーをして、ニヤリと片側の口角を上げる。


「……やだよ……」

「アヒャヒャ! その表情良いなぁ〜。ほら、早くしろよ。オマエが庇ってる相手がどうなっても知らねぇぞ?」


「やめて、よ……」

「じゃあほら、早くしねぇか」

「……わ、わかりました……」


 真白は顔をゆっくりと近付ける。金髪の男がビンタが出来やすい位置まで……。ーー全ては蓮を庇う為に。


「くらえ」

 腕を広げ、ビンタのモーションに入る金髪の男の手はそこで変わる。手を広げた状態から握り拳を作ったのだ。


 恐怖で目を瞑っている真白には、その変化に気付くことはない。

 その拳はそのまま真白の穂に向かってーー

『パシッ!』

 乾いた音が真白の耳に届く。数秒経っても真白に何も痛みはない。


 ゆっくりと目をける真白が見た光景は、眼鏡と髭を生やした一人の男性が金髪の男の手首を取っているところであった。


「……おい。いい加減にしろよ」

「っ!?」


 真白はその声を聞き、瞬時にその者の正体に気付く。


「あ? なんだオマエ。デート中に首突っ込んで来やがって」

「殴ろうとしてた奴に言われたくないんだが」


 金髪の男の手首を掴む男性は、手を離した後に距離を置きーー真白の耳元で一言。


「……俺の後ろに隠れとけ」

「えっ、え…………蓮くんっ!? どうしてここに!?」

「事情は後で話す。もう、大丈夫だからな」

「蓮くん……」


 真白は椅子から立ち上がり、瞬時に蓮の背後に身を隠す。蓮の服を力強く握る真白からは確かな不安が伝わってくる。


「へぇ……。振られた女を助けるためにこんなところまでねぇ。変装までして感動じゃねぇか」

「感動……? 」彼女、、が困ってたら助けるに決まってんだろ」


 ダテ眼鏡を外し、付け髭を取った蓮は金髪の男に鋭い視線を向ける。そこに丁寧な口調の蓮はいない。揺らぎようのない敵意がそこにはあった。


「今はオレの彼女だが? 元カレくんがどうやってここに乗り込んだのかは知らないが、オマエは邪魔でしかない。さっさと出て行ってくれないか? オレ達はこの後、大事なお楽しみがあるんだよ」


「それは俺もだよ」

「……は?」


 思いがけない言葉をかけられ、抑揚のない声でハテナを浮かべる金髪の男。そこにーー

「……馬鹿息子がッ!!」

 威厳ある声が場を飲み込み……その声源であった関係者専用の扉が開く。そこに居たのは、金髪の男の親父である事務所の社長と、この計画を建てていた琥珀であった。


「お、親父!? どうして親父がこんな場所に居んだよ!?」

「私が呼んだのよ。貴方に逃げ道を残さないためにね」 

「こ、琥珀……。キ、キサマァ!!」


「貴方は私が引いている線を超えた。当然の行動です」

 ここまで来れば琥珀にめられたというのは誰にでも分かること。憤慨する金髪の男は血走った目で琥珀を睨む。


「しゃ、社長さんに琥珀先輩……!? な、なんで……」

 この事態について行けることもなく、真白はどうにか状況を理解しようとしている。


「おい、馬鹿息子。お前が小桜さんを脅していたのは本当か?」

「な、なわけねぇだろ……」


 ゆっくりと、ゆっくりと距離を縮める社長に金髪の男は怯んでいる。


「ワシは嘘をつく奴が大嫌いであることは知ってるはずだ」

「オレの言ってることが信じられねぇのかよ!」

「……そうかそうか。ワシの息子がそこまでクズに成り下がっていたとはな……。恥ずかしいばかりだ」


 親父さんは深いため息を吐いた後に、ポケットからビデオカメラを取り出した。そのビデオカメラは、生徒会長室で蓮が見た機種と同じものである。


「お前が事務所で小桜さんを脅していた映像は全て見させてもらった。……ワシは当然、お前を許すことはできない」

「……なっ!? そ、それをどこから……」


 金髪の男に焦燥が浮かび、キョロキョロと辺りを見渡す。そこで一人の女性と目が合う。


「ふふっ」

「オマエかァ……!!」

 その瞬間、得意げな表情を作る琥珀に全てを悟る金髪の男。


「ワシの事務所はアイドルがいてこそ成り立つ。命とも呼べる存在をこんな扱いしおって……。巫山戯ふざけのも大概にしろッッ!」

「ひっ!?」


 空間が震えるほどの声を荒げて説教をする親父さんに、金髪の男はすべなどなかった。


「……もうお前との縁はこれっきりだ。お前はワシの息子じゃない」

「な、何言ってんだよ!?」

「それと、警察には既にこの件の情報を掲示している。数日後、連絡が届くだろう」

「はぁ!? 息子を不幸にさせるのが親のすることかよ!?」

「悪事を施す馬鹿に、これ以上話すことはない」


 悪事の隠蔽を黙視などしない親父さん。それが社長としての務めであり、親としての責任である。


「……そうかよ。それが親かよ。まぁ、別に良いけどな!」

 金髪の男は何故か開き直り、真白に視線を向ける。


「小桜真白に彼氏が居るってことは、ここの客全員聞いている。週刊誌に暴露させてせいぜい苦しみやがれ、アハハハ!!」

 金髪の男は、客が週刊誌の方に真白の交際を訴えるとの考えがあったのだ。真白が交際している。そんな情報は確実に高価な値段がつけられるだろう。


 世間にその情報を暴露されたなら、二人にとっての付き合いは更に大変になる。

 自分が不幸になる分、相手も不幸にならせる。そんな思考に至るのは仕方のないことかもしれない。


 だが、そのような思考になることを見破っている人物がここにいた。


「……残念ね。この店に居るお客も、料理人も全て私の関係者なの。なんのために私がこの場所を指定したと思っているのかしら」

「ッ!?」


 琥珀はこの件が解決した後のことを見据えていた。完璧、、に助けるためにはどうすれば良いのか、を。


「貴方は私を甘く見過ぎなのですよ。……でも良かったです。これで私とも縁が切れますからね」

 琥珀はスマホを取り出し、連絡先から金髪の男の電話番号を削除画面を見せびらかした。


『小桜真白の情報を教える代わりに、金髪の男と縁を切る』それが対価だったが、結果は違う。

『真白を助け、金髪の男と縁を切る』琥珀は誰も犠牲にしない結果を作ることが出来たのだ。


「……ク、クソがァァァア!!」

 途端、金髪の男は叫び声を上げて琥珀に向かって走りだす。

 握り拳が琥珀に降り掛かった瞬間ーーその身体は2人の客に止められていた。


「お嬢様には手を出させませんよ」

「全て予想の範疇です」


 客は全て琥珀先輩の関係者。つまり、琥珀先輩を守る存在であることに違いない。


「その男を外に追い出しなさい」

「「かしこまりました」」

「クッソ、クッソォォォォ!!!」


 ガッチリと固められた金髪の男は、そのままこの店を去っていった。

 ……シーンと静まり返る店。その空間で社長は蓮に向かって頭を下げていた。


「……今一度お礼を言う。ありがとう、二条城くん」

「大丈夫です。お気になさらず」


「……そして、小桜さん」

「は、はい!」


 背筋を伸ばして、緊張を含ませた声を上げて返事をする真白。真白にとって相手は事務所の社長なのだ。偉い存在にそんな態度になってしまうのは仕方がないことだ。


「馬鹿息子が本当に申し訳ないことをした……。本当にすまなかった……」

「社長さん! あ、頭を上げて下さいっ! た、助けて頂いただけで十分ですからっ」


 あわあわと両手を振って頭を上げさせようとする真白だが、社長は長く頭を下げたままだった。

 それが責任というものなのだろう。


「貴方達にはこれからもたくさんの壁が立ちはだかると思う。でもその時は悩まずに私達に相談して欲しいわ。協力出来ることが何かしらあると思うから」

「ありがとうございます、琥珀先輩」


 蓮は琥珀先輩に頭を下げる。この件に一番協力してくれたのは間違いなく琥珀先輩である。


「……もし、2人の関係が世間に報道されたとしても、事務所としては最大限のサポートをするつもりでいる。……だからなにも遠慮することはなく付き合うと良い……。それが学生というものだ」

「社長さん……」

 交際を公認してくれただけでなく、サポートまでしてくれると公言してくれた社長に、真白は涙を必死に堪える。


「レン、今日はありがとう。あとは真白さんを送り届けてください」

「分かりました」


 そう、真白を家に送り届けるまでが蓮の仕事であり、この場に来た理由でもある。


「最後に……真白さん。今まで本当に申しわけありませんでした……」

「な、なんで琥珀先輩が謝るんですかっ!?」


 琥珀は社長同様、深々と頭を下げた。勿論、琥珀先輩が謝っている理由を真白が知る由もない。


「真白、その謝罪を受け取ってくれ」

 蓮は全ての理由を知ってるため、真白にそう促す。

「わ、分かり……ました?」


「よし。それじゃ、早く帰るぞ」

「うわわぁっ!?」


 要件は全て終わり、蓮は真白の手を引く。

 そこには抑えきれない笑みを浮かべる蓮がいた。手を引かれた真白にも、蓮と同じ表情で……。



 =======



 蓮と真白が去り、琥珀と社長は店内で会話を続けていた。


「琥珀様はあの選択をして良かったのですか? 貴女は二条城くんのことを……」

 社長は琥珀の顔色を伺いながら問う。


「あら、私を心配する前に自分を心配した方が良いのではないですか? 警察に連絡をしたというのは、それが世間に公開されるということ。真白さんとレンの交際の件は伏せても、事務所の印象は下がることになるわ」


「覚悟してます……。ですが、それが親としての責任です。縁を切ると息子に言ってしまいましたが、いつか改心して戻って来た時に……その言葉を撤回したいと思います」


 親として、我が子はいつになっても可愛い存在であることに違いない。しかし、悪事を施した以上、それを庇うことは親として正解ではないのだ。


「さっきの件だけれど、私はこの選択をしたことに後悔はないわ。私は結果ばかりを重視して、真白さんのことを何も考えられてなかった。今回、真白さんを一番傷つけたのは私……。そのことを深く反省しなければなりません。……それに、レンはもう真白さん以外に考えられないでしょうから」


 琥珀の表情はどこか吹っ切れ、スッキリしたものだった。


「……幸せになって欲しいわね」

「そうですね」


 二人に視線は、蓮と真白が座っていた席に向けられていた。



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