第74話 逃げ場のない状態へ

「おはようございます、レン。……今日は貴方に大事な相談事があるんです」

「奇遇ですね、俺も 琥珀先輩に相談事があるんですよ」


 翌日、正門前で視線を混じり合わせる二人。……蓮には怒りの感情が滲み出ており、琥珀先輩はいつも通り冷静な態度を貫いている。


「……珍しいですね。レンがそこまで怒りを露わにするなんて。その様子だとある程度の事情は掴めたというところでしょうか?」

「その言い方……。やっぱり琥珀先輩が関わっていたんですね」


「……ふふっ、限られた情報しか与えられていないにも関わらずそこまで突き止めるなんて、流石は蓮です。私が説明することはあまり無いようですね」


 蓮が登校した時間はいつもより20分も早い。そのため、周りに生徒は一人も居なかった。早く登校した理由はもちろん、琥珀先輩と会話をするためである。


「……俺は怒りに身を任せた行動はしないようにしています。ですが、何の目的もなく、ただ面白半分で真白を犠牲にしているなら……」

「そのつもりは全くありません」


 蓮が言い終える前に自らの言葉を重ねて否定をする琥珀先輩。


「しかし、レンが怒りを露わにする理由は最もです。なんせ、私はこの件に一番絡んでいる人間。……真白さんに精神的ダメージを多く与える結果になったのも私が原因なのですから」

「……」


「ここから先、この場で話すことは出来ません。……放課後、生徒会長室で話し合いましょう?」

「分かりました」


 そんな約束を済ませ、蓮は静かな足取りで教室に向かうのであった。



 ========



 その放課後。蓮は学生会長室に足を運んだ。

 琥珀先輩は既に学生会長室に到着しており、蓮を招き入れる。


 そこで蓮が目に入ったものは、机上にポツンと置いてある一つのビデオカメラだった。


「まず、私は謝らないといけないことがあるわ……」

「……」

「真白さんに、そしてレンに深い傷を与えましたこと……謝罪します。本当に申し訳ありません……」


 琥珀先輩の長い黒髪が地面に付くほど、深々と頭を下げた。財閥の関係者だけに模範的な謝罪であった。琥珀先輩は分かっているのだろう、蓮と真白が別れたことを。


「俺が聞きたいのは謝罪じゃありません。真白をダシに使った理由です。俺と真白の関係を事務所の関係者にバラしたのは琥珀先輩ですよね?」

「……間違いありません」


「琥珀先輩は誰にバラしたんですか?」

「事務所社長の息子です」

「社長の息子……」


 思いもしなかった相手に蓮は顔をしかめた。相手が社長の息子だとすれば権力は十分に持っていることになる。

 それは、真白が抵抗出来なかった理由にも繋がるのだ。


「琥珀先輩、貴女がその相手に情報を与えた理由を教えてください。そこを言わなければ話は進みません」

「分かりました……」

罪悪感を含んだ表情で、琥珀先輩は口を開いた。


「まず、私が真白さんをダシに使った理由は一つです。信じられないと思いますが、私は真白さんを助けたかったのです」

「……話を続けてください」


『助けたかったなら、付き合ってる関係をバラさなくて良いのではないか?』その疑問が生まれる蓮だが、それを口にする事はなかった。

 その疑問は先が見えていない、、、、、、、、ものだからだ。


「社長の息子に貴方達の関係を明かした理由は二つあります。一つは確かな情報を与え、私を信用させるためです」

「信用……?」

「全ては私の手のひらで踊らせるため。……いいえ、めるためと言った方が正しいかもしれません」


「二つ目は?」

「真白さんを救うため。そして、確かな証拠を得るためです」


 そう言い終えた後に、琥珀先輩は机上に置いてあるビデオカメラを手に取った。


「これは……?」

「その者が真白さんを脅している証拠映像です。念には念を入れてボイスレコーダーの方も録音しています。まずはこれをご覧になってください」


 琥珀先輩はビデオカメラを操作し、その時の映像を蓮に見せた。


 そのビデオカメラに映っているのは、金髪の男が真白を脅し、真白が泣きながら蓮を庇っているそんな映像。

 その様子に金髪の男は腹を抱えて笑っていたりと……見ているだけで虫酸が走るものだった。


「コ、コイツが真白を……」

「レン、落ち着いてください」

「す、すみません……」


 怒りで拳に力が入っている蓮に気付いた琥珀先輩は、ビデオカメラを閉じながら視線を向けてくる。

 ここで冷静さを失ってしまえば視野が狭くなるだけ。蓮は必死に自我を保つ。


「真白さんとレンが付き合っている情報を流せば、この者は真白さんを脅せるような写真を撮る。そして、真白さんを事務所に呼び出して、脅迫じみたことをするのは想像が付くと思います」

「……そ、それ以前に、琥珀先輩はどうやって事務所に侵入したんですか?」


 事務所内への入室はその事務所に所属していなければ入れないはずだ。だれか他に協力者が居るのか……と、蓮は勘ぐっていた。


「蓮は知ってるかもしれませんが、私は真白さんが所属する事務所に投資をしました。その繋がりから無理を言って入室の許可を頂きたのです。証拠を掴まなければ言い逃れられるだけですから」

「琥珀先輩は……本当に真白を助けてくれようとしていたんですね」


 ビデオカメラの映像。そして、ボイスレコーダーの録音までしているとなると、もう言い逃れは絶対出来ないであろう。


「ですが……私は証拠を求め過ぎたために、経過を疎かにしていました。真白さんを助けるためとはいえ、深い傷を与えて……本当に申し訳なく思ってます。限られた時間で考えつくのはこれしかなかったのです……」


 真白を傷付けさせないように立ち回っても、最終的に証拠が得られなければこの件に終点は来ない。寧ろ、どんどん過酷化していくだろう。

 琥珀先輩は昔、金髪の男に言い寄られた経験があることから、早めにピリオドを打とうとしていたのだ。


 自分と同じ目に真白を遭わない為に……。


「……謝らないで下さい。琥珀先輩は真白を助けるために動いてくれた。俺の方こそすみません。必死に動いてくれた琥珀先輩に怒りをぶつけてしまって……」

「気にしないで下さい……。私はこんな立ち回りしか出来なかったのですから」


 今朝の怒りは消えた事と同時に、和解が成立した瞬間だった。


「そして、もう一つだけ蓮に伝えておかなければならないことがあります」

「俺に?」

「あのビデオを見て察したと思いますが、今日、真白さんはその者とディナーをします。そこで私達はトドメを刺すつもりです」

「私……」


 琥珀先輩の口から出た複数を示す言葉に、蓮は首を傾げる。


「私以外にもたくさんの仲間が居るということです……。そして、レンにはそのディナーに参加して頂きたいのです。真白さんのボディーガード兼、家に送り届けるという役割を持って」

「……良いんですか!?」

「ええ。話は既に通していますのでなんの問題もありません」


 蓮が来ることは確定事項だったのだろう、琥珀先輩はカバンの中から一つの袋を取り出した。


「レンには付け髭とダテ眼鏡の方を渡しておきます。あの者にはレンの顔はバレていますので、変装をしてきて下さい」

「ありがとうございます。……それと、ここに貼られている紙はなんですか?」


 袋が透けて、中に貼られてある紙が蓮の視界に映った。


「その紙はレストランの場所、入店時間と席の指定が書かれたものです。確認しておいてください」

「……琥珀先輩、本当に感謝します」

「では、夜にまた会いましょう。真白さんをお願いしますね」

「はい……。本当に、本当に、ありがとうございます……」


 そして夜を迎える……。金髪の男に逃げ場など無い状態で……。

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