第72話 進展と再会

「可憐、真白は一体どうしたんだ? 何か知ってたら教えてほしいんだが……」

「うちも分かんないよ……。学園にも来てないし、メールも返信してくれないし、電話にも出てくれない……。こんなこと、今までで初めてだよ」

「可憐も俺と同じ状況なのか……」


 真白と寝るまで電話をするという約束をしていた蓮だが、その約束が叶うことはなかった。


 真白に電話をした蓮だが、真白のスマホには圏外及び、電源が入っていない状態だったのだ。真白の事務所も自宅も当然、圏外範囲ではない。

 そうなれば意図的に電源を切っているのか、ただ単に充電が切れただけなのかの二択に絞られる。


 だが、蓮と可憐は意図的に電源を切ってあると確信していた。

 ーー真白は学園に登校していない。言わば、不登校の状態なのだから。


「ましろんに何かがあったのは間違いないと思う。ましろんが蓮のメールを無視するなんてありえないから……。蓮、何か心当たりはないの?」

「あると言えば……ある」


 一つだけ、心当たりがあった蓮は神妙な語り口で可憐に伝える。


「一昨日、真白が所属している事務所に呼ばれていた。連絡が付かないタイミングが合うのはそこしかない……」

「事務所って……なんかヤバイ方向に向かってる気がする。蓮、今日ましろんの家に向かってくれない?」


『事務所』その言葉に可憐は今までに見たこともないような険しい表情を浮かべる。真白が学園に来ていない理由は定かではないが、嫌な予感がしているのは蓮も可憐も同じだった。


「向かえないことはないが、俺より可憐が向かった方が良いんじゃないか? 気を遣わずに話せるのはやっぱり幼馴染だろうし」

「幼馴染より彼氏が行った方が喜ぶって相場は決まってるの。……それに、この件に蓮が関係してるだろうから……」


 幼馴染として、親友として、今の状況を心配するのは当たり前だ。可憐はいつ

 泣いてもおかしくないほどに弱っていた。


「蓮、あとはお願い……。もし、ましろんがうちを呼んでほしいとか言ったらすぐに連絡して。急いで飛んでくから」

「分かった」


 そして時は過ぎ——放課後になる。


 イヨンでお見舞い用の軽食を買った蓮は、真白が住むマンションに到着する。

「809……809……。ここか」

 可憐から、真白の部屋番号を聞いていた蓮はプレートが貼られた809号室を発見し、苗字を確認した後に呼び鈴を押す。


『ピンポーン』

 呼び鈴が鳴り中から誰も出てくる様子がない。しかし、中からは確かな物音が聞こえてくる。


(完璧に人を拒んでいるのか……。それとも、気付いていないだけなのか……)

 ここで蓮は、ある方法を実践してみる。


「すみませーん。宅配便ですー」

 声を変え、声を伸ばし、いかにも宅配業者を装う蓮。そう、ここまで来て引くわけにはいかない。どうしても真白に会わなければならないのだ。


「……いま、いきます……」

 そこで聞こえてきたのは、空気に打ち消されそうなほどの真白の小さな声。真白を知る者からすればその声は想像がつかないほどに弱っていた。


『ガチャ』

 カギを外した音を聞いた瞬間、蓮はドアノブに手をかけ強引にその扉をこじ開ける。

「真白ッ!」

「…………れ、蓮くん」


 ——蓮は直感的に感じたのだ。

『ここを逃したらもう、真白に会えない気がする』……と


 そして、真白と蓮は再会する……。

 白と青のもこもこしたパジャマに身を包む真白だが、蓮はそこに目を奪われることはなかった。


「お、まえ……飯、食ってないだろ……」

「……」

 そう、蓮が見た真白は生気が無く、憔悴しきっていた真白だった。

 大きな瞳は腫れ、涙の跡が確かに残っている。それだけでなく、足取りはフラフラと目元にはクマを作っていた。


「い、一体何があったんだよ……」

「……帰って」

「教えてくーー」

「帰ってよっ!」


 真白は蓮の言葉を遮り、蓮の胸元を叩いて必死に追い返そうとする。しかし、その力は蓮にとってビクともしない。衰弱しているのだから力が出ないのはもちろん、蓮の力に真白が敵うはずないのだ。


「今の真白を見て帰れるはずないだろ。馬鹿……」

 蓮は拒む真白を力強く抱きしめた……。

 離さないように、逃げないように。そして、落ち着かせるように。


「うっ……うぁああっ。帰って……。ぐすんっ、帰ってよ……!」

「……帰らない」


 蓮は真白を抱き締め続ける。真白が泣き止むまで、ずっと……。



 ==========



「アヒャヒャ、オマエのおかげで大成功〜てな! 高校生のくせしてわんわん泣き散らかしてたぜ、アイツ」

『そう……。それは良かったわね。私のアドバイスが効いたかしら?』


 金髪の男は状況報告のために、琥珀と電話をしていた。それが、アドバイスをもらう条件になっているからだ。


「ああ、オマエのおかげだぜ。あの脅しは超効いたようだ」

『……私は真白さんのことを良く知ってますから。それで、これからの予定を教えて頂けますか?』

「これから友達と三日間旅行。それからアイツとランチを取ってからのホテル直行ってな! アハハハ! まっじで楽しみだぜ……。興奮が止まらねぇ……」


 泣き喚いていた真白を、なにも抵抗をしないような真白を思い浮かべた金髪の男は机を叩きながら大笑いしている。


『……ランチのことだけど、私が貴方達の予約を取っても宜しいかしら? とっても良いお店を知ってるの。紹介代として、今回は私がお金を出すわよ』

「ほぅ、流石は財閥関係者。言うことが違うねぇ〜。そんじゃ、そっちの方は任せたぜ?」


『ええ、そのお店の雰囲気も良いから気に入ってくれると思うわ』

「オマエのお墨付ってか! そりゃ〜良い店だなぁ、おい」


 財閥がおススメする店、尚且つお金まで払ってくれる。こんな美味しい提案は無い。金髪の男は素直にその提案を呑んだ。

 甘い蜜には毒がある。……このことわざを知らないばかりに。


『予約が取れたら私の方から連絡を入れるわ。……そして、そこで私たちの関係は終わる』

「……縁切り、だろ?」

『ええ、貴方の側には真白さんが居ることになる。私はもう用無しでしょう?』

「その通り。分かってんじゃねぇか。女はただの道具にしか過ぎねぇよ」


『……貴方、私に汚い言葉を吐かせたいのかしら?』

「ありゃ、バレちったか。まぁ、本音だけどなぁ〜」

 悪びれる様子も無く、さぞ当たり前だと言うように間延びさせた声を漏らす金髪の男。


「……それでは、また連絡を入れます」

『ああ、任せた』

 そして、いつも通りに電話が切れる。


「こんなにも、こんなにも怒りを覚えるの初めてだわ……」


 琥珀は一言……そんな言葉を呟き、ゆっくりと怒りを沈めた後に手慣れた操作である電話番号を入力する。

 それはランチの予約をするためではない、別の要件での電話だった。


『……突然のお電話すみません。橘 琥珀です。至急、社長に繋いで頂けるとありがたいのですが……』

「琥珀様ですね。かしこまりました。少々お待ちください」

 社長の秘書はそう言い残し、保留音を鳴らす。


「真白さん。もう少しの辛抱ですから……」


 琥珀は視線を下に向ける。その視線の先には、録音済みのボイスレコーダーが一つ置いてあった。

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