第73話 諦めない
「ほら、濡れタオル準備したから顔拭いたらどうだ? スッキリするぞ」
「……」
真白を泣き止ませた蓮は、リビングで真白の看病をしていた。
「勝手に拭くぞ?」
「……」
「じゃあ拭くからなー」
何を言っても言葉を発さない真白。それでも蓮は嫌な顔をすることなく向かい合った。正確に言えば嫌な顔をすることが出来なかった。真白は何かに苦しんでいるのは間違い無いのだから。
「よし、綺麗になった」
「蓮くんは、いつになったら帰ってくれるんですか……」
「真白が飯を食って、寝てくれたら帰る。そうじゃないと心配して帰れない」
お母さんが作り置きしてある料理にも何も手を付けた様子はない。
彼氏として、友達として、真白の身体を心配するのは当然のことだ。
「お母さんがせっかく作ってくれてるんだからしっかり食べないとな」
「……」
俯いて再び無言になる真白。しかし、その横顔は罪悪感に襲われている様子であり……蓮は思ったことを口にする。
「真白にいくら無視されようが、俺の気持ちは変わらない。真白に何かあったことぐらいは分かってるんだから」
「……」
「それじゃ、作り置きしてある雑炊を温めてくる。……あ、他に欲しいものあるか? プリンとか果物とか、食べやすいもの買ってきたんだが……」
「……プリン、食べたいです」
「分かった。少し待っててくれ」
そして、作り置きしてある料理をレンジで温めた蓮は、買ってきたスポーツドリンクとプリンもお盆に乗せて机上に置く。
「自分で食べられるか?」
「……」
「ったく、本当に甘えん坊だな……。ほら、口開けろ」
雑炊をスプーンですくい、息を吹きかけて冷ました後に真白の口元に移動させる。
真白はその雑炊をゆっくりと咀嚼する。
「美味しいか?」
「……うん」
「いっぱい食べて元気になるといいな」
「……うん」
真白はお腹が空いていたのだろう。雑炊を注いだ茶碗をすぐに完食し、買ってきたプリンも食べきってくれた。ちゃんと食べてくれるだけで蓮の不安は少しだけ取り除かれた気である。
「じゃあ、あとは睡眠だ。ちゃんと寝てないんだろ?」
「……ん」
目元に大きなクマを作っていれば、睡眠が取れていないのは十分な判断基準である。
「いつもはどこで寝てるんだ?」
「……わたしの部屋です」
「俺も入るぞ? 真白が寝たことを確認出来ないし」
「あ、あまり、見ないでください……」
「分かってる」
自分の部屋を異性の相手に見られるのは、誰だって恥ずかしいことである。蓮には妹の楓がいるため、その気持ちは充分に理解出来た。
そしてこの時、真白の部屋に入ることに対して緊張が生まれることは無い。真白が心配で、他への余裕がなかったのだ。
「蓮くん……」
「なんだ?」
自室のベッドに横になった真白に呼ばれ、蓮は近くまで歩み寄る。
「……わたしが寝たら……今までのこと、全て忘れてください……。わたしも全部忘れますから」
「……ッ!?」
真白の口から出た突として言葉は、直接的ではない別れの言葉。
「今まで、本当にありがとう……。凄く楽しかったです……」
「そ、そんな事言うなよ……。俺のなにがいけなかったんだ? ……直すから教えてくれ!」
「わたし、蓮くんが大好きです……。一番好きです……。蓮くんはわたしの自慢の彼氏さんです……」
「じゃあ、なんでそんなこと言うんだよ……」
「蓮くん、ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい……」
「ま、真白……」
真白には睡魔が襲ってきていたのだろう。そんな言葉を残して、深い睡眠へと入っていった……。
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「すぅ……すぅ……」
「真白……」
規則正しい寝息を立てている真白の髪を優しく撫でながら、蓮は自分の不甲斐なさを感じていた。
真白がこうなった原因をなにも聞くことが出来ず、最後まで押し切られたのだから……。
真白との関係はこれで終わり……終わったのだ。
ツラそうな顔で、悲しそうな顔をして……。何かあったことは間違いないのに蓮は真白を助けることが出来なかったのだ。
本来ならば、こんなとこで諦めたりはしない。しかし……状況が何も分からない以上、変に手を出して、真白の仕事に影響を及ぼすわけにはいかない。
だからこそ、理由だけでも知りたかった蓮だったが……それは叶わなかった。
「ごめん、本当にごめん……」
何度も、何度も謝りながら蓮は時間をかけて立ち上がる……。これ以上、真白の家に上り込むわけにはいかない。夕暮れを向かえたのだ。
蓮は無言で荷物をまとめ、真白の寝顔を尻目に見た後に自室を抜ける。そして、玄関に向かった矢先だった。
「真白ちゃん、おかえりなさい〜」
「あ……」
ガチャ、と玄関ドアが開き、一人の女性が顔を覗かせたのだ。
「あ、あれ……? キミは……」
目を丸くさせて口元を手で覆う女性。よくよく見れば、どこかその容姿は真白と似ているものがあった。
「ど、どうも。二条城 蓮と言います……」
「あっ、真白ちゃんの彼氏さんよね! あたしは真白ちゃんのお母さんです。いつも真白ちゃんがお世話になってます」
「お、お母さん……」
蓮は口を半開きにさせて、真白のお母さんを二度見する。真白のお母さんはお姉さんと言われてもおかしくないほどに美人で若々しかったのだ。
「真白ちゃんの見舞いに来てくれてありがとう。真白ちゃんの様子はどう……?」
「自室で睡眠を取ってます。……それと、言いにくい話なんですが、真白とはそんな関係では無くなりました……」
「えっ……」
「すみません、こんな話を」
蓮は真白のお母さんに頭を下げ、家を抜けようとした時だった。
「蓮君から見て、真白ちゃんはあなたと別れたそうにしてたかしら……?」
「…………していないと信じたいです」
喧嘩したわけでも、すれ違いが起きたわけでもない。両思いだと蓮は信じたかった。
「ならなおさら、この件についてお話しを聞いてもらわないといけなくなったわね……」
「なにか知ってるんですか!?」
何か知っているような意味を含ませる真白のお母さんに、蓮は食い気味に向かい合う。
「これを蓮君に言って良いのかはわからないんだけど……真白ちゃんは誰かに脅されてるかもしれないの……」
「お、脅し……ですか?」
「そう……。真白ちゃんに聞いても何も答えてくれないから、確証はないのだけれど……。でも、真白ちゃんの反応からして間違い無いと思ってる」
真白のお母さんの優しげな表情が一瞬で切り替わる。娘が脅されているような状況を察している真白のお母さんは、心中穏やかではないだろう。
「真白ちゃん、独り言を漏らしていたの。『蓮くんと別れたくない……別れたくない……』そう、泣きながら……」
「……」
「あたしは真白ちゃんを守らないといけない……。でも、真白ちゃんが何があったのかを教えてくれない限り、何も手を打つことができないの……」
真白は口を割いても教えることはないだろう。
『脅されている』事を伝えたことがあの金髪の男にバレたら、蓮に対する悪戯の過激化は目に見えているのだから……。
「ただ、これだけは分かって欲しい……。真白ちゃんは絶対に蓮君と別れたいはずがないって。だって、真白ちゃんはいつもあなたのことを幸せそうに話してるんだから」
「…………そうですか。いろいろと教えてくれてありがとうございます。俺、やるべきことが出来たのでこれで失礼します!」
真白のお母さんその言葉で、蓮の思考は動き出す。
(まだ終わったわけじゃない……。まだ何か出来るはずだ……)
そんな感情が溢れに溢れたのだ。
真白が言っていた『大好きだよ』との言葉は、蓮を気遣った言葉ではないと、お母さんの話を聞いて分かったのだ。
蓮は自宅に帰り、真白が所属する事務所の公開されている情報を全て目に通す。
何十分も、何時間もかけて……。真白のチカラになりたい一心で。
その努力が実り……あることが繋がった。
真白のお母さんから聞いた『脅し』の言葉。
真白が頑なに口を閉ざす理由は、お母さんの言っていた通り、脅されているかもしれない、と。
その脅しのタネは彼氏である自分。
それを知る真白は、必死に庇おうとしていたのではないかと……。
真白の性格を考えれば、それは十二分にあり得る。寧ろ、それ以外に考えられなかった。
真白が食事を出来てなかった理由。
辛そうに、悲しそうにしていた理由。
睡眠を取れていなかった理由。
泣いていた理由。
それならば、全ての辻褄が合うのだ……。
そして、真白が所属している事務所は、
元々、蓮と真白の関係は誰にも言っていない。そして誰にもバレていなかった。それは、真白が普段通りの生活を送っていたことが証明している。
つまり、事務所の関係者に真白を貶めようとした人物が存在し、弱みを握らせるために、彼氏彼女の情報を提示した存在がいるということ。
その目的は、もちろん真白を『脅す』為。そして、情報を掲示する理由は見返りが欲しかったからだとすれば……その者は一人に絞られる。
蓮と真白が彼氏彼女の関係だということ知る人物。そして、事務所と繋がっている人物に限られる。そして、その者は蓮にある言葉を発していた。
『レンの
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