第70話 不穏
……昨日のこと、ある者はとあるアルバムをめくっていた。
そのアルバムには事務所に所属しているアイドルの顔写真が載っている。
「最近は不作してんだよなぁ〜。親父とその周辺のやつはなにやってんだかぁ」
深いため息を吐きながら、明るい金髪に染めた男は詰まらなさそうにどんどんページをめくっていく。
「ん!」
その男はあるページで指を止め、前のめりになる。そして、顔写真を人差し指でゆっくりとなぞった。
「小桜真白。……マジかよ、ヒヒッ。顔を合わせたことはあるが、まさかうちに所属していたとはなぁ。前言撤回、親父のやつしっかりしてんじゃねぇの。んーと、在学してる学校は……琳城ってコイツ頭も良いのかよ、やんねぇ〜」
顎先に手を当てながら、ニンマリと悪魔に似た笑みを浮かべる金髪の男。
「場所も近いしコイツに決ーめたっと……。琳城ってことは、アイツに電話すれば一発だな……」
金髪の男はそんな一言を漏らしてポケットからスマホを取り出す。そして電話画面に移動した後に、ある相手に電話をかける。
『prrrrrr……prrrrrr……』
そのコール音が数十になった時、電話が繋がった。
「久しぶりだな……琥珀サン?」
「はぁ……。貴方ですか。一体どのような件で?」
「なんだその声は。どんだけオレに興味がねぇんだよ」
電話に出た瞬間ため息を吐く琥珀。その気だるそうな声、用件を早く進めようとしている琥珀に、金髪の男は自虐的に話を続ける。
「資金を提供した財閥の娘に、無理やり手をかけようとした。しかも貴方は仕事に
「ハッハー、酷い言い様で」
「私に興味を持って欲しければ、第一に人間性を変えてみてはどうでしょうか」
「オレはこれでいーんだよ。親父のスネかじって、オレの好きなことをする。最高じゃねぇか、なぁ?」
同意まで求めてくる金髪の男に琥珀は軽く流した。
「……それで、用件はなんですか。今忙しいのですが」
「じゃあ早速、用件のことなんだが……小桜真白の情報をくれ。同じ学園だろう?」
「今度は真白さんを狙うつもりですか……。それで、情報の対価はなんでしょうか」
「対価って何が良いんだ? オマエは」
「……そうですね、貴方との縁を切る事でしょうか」
琥珀にとって一番有益なのはお金を貰うことでもなく、この男と縁を切ることなのだ。その為には何かの“犠牲”は仕方がない。
真白を守る。そしてこの金髪の男と縁を切る。この二つの願望は叶えられないと、即座に判断出来るのは琥珀が優れているからである。
「ほぅ……その代わりに情報を教えてくれる、と?」
「ええ。確実に」
「乗った。早く教えてくれや」
「あれほど私に手を出してきたのにその切り替えの速さ。本当にクズね」
「美人にそんなこと言われっと痺れんねぇ……ハハハッ!」
黒塗りの椅子に座る金髪の男は腹を抱えて大声で笑う。それだけで琥珀は不快さを露わにしながら情報を提供する。
「さて……真白さんのことだけど、カレシがいるわ」
「へぇ、彼氏ねぇ……。 小桜真白ってば青春を楽しんでんじゃねぇか。で、ソイツの名前は?」
「……二条城 蓮。高校二年の転入生」
「なーんだよ。高校生か。てっきり大学生ぐらいの相手かと思ってたぜ」
拍子抜けした様子で声を伸ばす金髪の男に、琥珀は口調に棘を混じらせて釘を刺した。
「脅しに屈することなく、的確な解決策を見つける。護身術も身に付け、頭も切れる。高校生だと思っていたら痛い目を見ることになるわよ」
「……ひゅ〜、それはやんねぇ。ってか、オマエが男をそんなに褒めることなんてあるんだな。それに、いつものオマエなら、こんな情報を教えたりはしないと思うんだが?」
「……」
金髪の男の的確な言葉に、琥珀は動揺を悟られないように口を閉じる。今言葉を発してしまえば、声に抑揚が出てしまうことを分かっていたのだ。
「もしかしてオマエ、ソイツのことが好きなんじゃねぇの? だから、より多くの情報を与えてオレに真白を取らせようとしている、とか?」
「どうでしょうね。少なくともそれは貴方に関係がないこと」
「相変わらずつまんねぇ反応をしやがる」
「……最後に、脅すなら真白さんを狙った方が良いわ。あの子は優し過ぎる性格。誰にも迷惑が掛けられない性格をしている。カレシの蓮を材料にすれば簡単に落ちるかもしれないわね」
「オマエそんなアドバイスまでして、どんだけオレと縁を切りてぇんだよ」
「私が財閥の娘でなければ既に切ってますよ」
琥珀の言葉はなんの冗談無しの本音だ。
「資金提供しただけに、切っても切れない縁だもんなぁ」
「何を言ってるのかしら。こちらとしては、貴方のお父様と繋がっていれば何の問題もありませんが。しかし、無理に切ったとなればこちらの印象が悪くなります。それだけは避けなければならない事」
琥珀は財閥の関係者。他所からの評価、評判を第一に気にしなければならないのだ。そう、一つの印象の悪さでこれから先に影響が出てしまう可能性があるのだ。
自分の勝手な判断で家族に迷惑はかけられない、そう感じるのは皆同じである。
だからこそ、強引な縁切りではなく同意の元でなければならないのだ。
「へいへい。そんじゃ約束通り情報をもらったって事で、縁を切るってことで……」
「貴方は私に、現在どんな状況になったのか説明しておかなくて良いのかしら? 貴方より私の方が詳しいことも多い。機転の利くアドバイスも上げられると思うのだけれど」
「……そんなところはちゃっかりしてるんだなぁ、おい」
情報を正確に知る者からのアドバイスほど心強いものはない。事の進行に協力を示す琥珀に、電話越しから金髪の男のご機嫌な声が聞こえてくる。
「ええ。どんな状況に転がるのか、気になりますし」
「……オマエの悪趣味は流石だなぁ。財閥の娘だけはあるぜ」
「褒め言葉として受け取っておきます。それでは、用も済んだので失礼します」
「また電話する」
そして、電話が切れた。
「カレシってことは正門を張っときゃ一緒に出てくるところを見れるってことだよなぁ……ヒヒッ、その情報をありがとうよ」
通話終わりのスマホを見て、ニヤリと口角を上げる金髪の男。
その一方でーー
「さて、私に残された道は一つしかないですね……ふふっ」
蠱惑的に微笑む琥珀はスマホを置いて、残りの用事をテキパキと済ませるのであった。
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