第68話 夕焼けに染まる教室その1

『……』

 夕焼けに染まる無言の教室。その教室で一人待つ蓮の元に真白は現れた。


「蓮くんっ……!」

「今日ぶりだな、真白」

 真白はその教室に誰もいないことを確認すると、パタパタと足音を鳴らしながら近付いてくる。

 その光景は子どもが目をキラキラさせて駆けてくるようである。


「どうだ? 二年の教室は」

「す、少しだけ落ち着きません。……れ、蓮くんと二人っきりってこともありますけど……えへへ」


 そう嬉しそうに発言する真白に蓮は視線を逸らす。好きになった相手にのみ出来る弱み、恥ずかしさである。


「さ、最後は言わなくて良いだろ……。それより、そこに立ってないで隣に座ったらどうだ? 俺の隣は可憐だからなんの抵抗もなく座れると思うし」

「うんっ!」


 知らない人の席に座るより、知人の席に座ったほうが気持ち的にも楽だろうと思った蓮は可憐の席を指でさす。

 そして、真白は可憐の席に腰を下ろした。


「お、おお……。教室なのに、蓮くんが隣にいます……」

「待ち合わせ場所がここだったしな」

「不思議な感じです……」

「だな」


 蓮と真白は一つ年が離れている。同じ教室になるのは蓮が留年しなければ起きないものでもある。

 

「蓮くん、手を繋ぎたいです……」

「正門を抜けたらな。学園内だから流石に出来ない」

「二人っきりです……」

「それでも、だ」

「じゃあ、机をくっつけます……」


 蓮の有無を聞くことなく、『ガチャン』と机をくっ付ける真白は椅子を蓮に寄せてくる。


「これで蓮くんともっと近くなりました……」

「もし誰かに見られたらどうするんだよ」


 蓮と真白の関係は秘密にしなければいけないもの。見つかった時の言い訳を持っておくのは必須事項である。


「そ、それは…………蓮くんが強引に迫って来たって言えば良いんです」

「それなら誤魔化せないことはないな。俺の評価がだだ下がりになるだろうが」

「うんっ!」

「なんか嬉しそうだな」

「そ、そんなことないですよっ!?」


『嬉しそうにしてる気がするんだけどなぁ……』そんな独り言を発する蓮は、一つ疑問だったことを真白に問う。


「それで、一つだけ真白に聞きたいことがあってな。俺に黒ギャルの彼女が居るって噂が流されてるんだが、何か知らないか?」

「知らないですにょ……よ!」


「噛んだな? 言い直したな? 別に怒ってるわけじゃないから、どう言うわけか説明してくれ。真白のことだからなんの意味もなくこんな噂を流したわけじゃないんだろ?」


 真白が嫌がらせをしてくる性格でないことを知ってる蓮は真白に説明を催促する。いきなり『黒ギャルが彼女』なんて噂を彼女真白に流されたのなら、その本意を知っておくべきなのだ。


「わ、わたしのお友達が蓮くんに彼女がいるのかって聞かれたんです……。だ、だから誤魔化すためにあんなウソを付いちゃいました……。ごめんなさい……」

「それなら、俺に彼女がいないって答えれば良かったんじゃないのか?」


「そ、それだけはダメです!」

 身を乗り出して強い口調で言う真白。


「だ、だって、蓮くんに彼女がいないって答えたら……」

「『へぇー、予想通りだね』っていう反応が返ってくるよな。それが真白には嫌なのか?」


「蓮くんはやっぱり分かってないです……。だいたい、なんで蓮くんは女の子に愛想を良くするんですか……。わたしの不安にさせようとしてるとしか思えないですよぅ……」

「そ、そんな目論見はないからな」


 真白の発言で、『愛想を良くするのは彼女のためだってことを伝えて欲しいの。そう言うとこ、蓮がしっかり伝えないとすぐ気に病むからさ。彼女は』……と言っていた可憐の言い分が正しかったことを蓮は理解した。


「わ、わたしをこんな風にするなんてズルいです……。蓮くんのせいでテストも集中出来なかったんですから……」

「一つ聞くんだが……そんなに俺のことが好きなのか?」


「んなっ、なんてことを聞くんですか!?」

「なんとなく……」

「い、言いません! 絶対そんなこと言いません!」


 頰を赤らめてプイッと顔を背ける真白に、蓮は無言で視線を刺す。それが効いたのか、真白はゆっくりと顔を戻して……一言。


「蓮くんがわたしの質問を答えてくれたら、考えないこともないです……」

「それが今日の本題……か」


 真白が蓮を呼んだ理由。真剣さを纏った真白の声音から察する。


「た、単刀直入に言います。……蓮くんはどんな女の子がタイプなんですか!?」

「真白だけど」

「〜〜〜っっ! そうじゃないですっ! そうじゃないですよ!!」

「どう言う意味だよ」


 彼氏として、真白の名前を上げるのは当然のことだった。だが、それは真白にとって不意打ちに近い行為だ。

 両手で顔パタパタと仰ぐ真白は、自身を落ち着けた後に本題の続きに入る。


「た、例えば……肌が綺麗な女の子が好きとか、お淑やかな女の子が好きだとか……お、お……おっぱいが大きい女の子がいいとか……」

「……」

「なんで黙るんですかぁ!? わたし、勇気出したのに……」


 そう、真白の胸が小さいわけではない。平均くらいにはあるのだ。

 腕を組んだ時、蓮の肘に当たる柔らかな感触は間違いなく真白の胸であり、制服からも真白の胸部には膨らみがある。


「……あ、あのな。もし俺が胸が大きい女の子が好きって答えたらどうするつもりなんだよ」

「マ、マッサージをしてもらって、、、、大きくします……」

「そんな簡単に出来ることじゃないだろ」


 胸に関して詳しい情報も知らない蓮だが、大きくするのが難しいことぐらいは常識的な知識だ。


「す、好きな人にお、おっぱいを揉んでもらうと大きくなるんです……。そう聞きました……」

「え」

「だ、だから……蓮くんがわたしのを揉むんです……。そ、そうしたら……わたしのは大きくなります……」


 真白は内ももをもじもじと擦り合わせ、上目遣いで蓮に伝える。

 その弱々しい真白の姿。時計が秒針を刻めば刻むだけ真白の顔色は赤く染まり、二人っきりの夕焼けに染まる教室。


 それはまさしく蓮の理性を削るものだった。

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