第67話 一生のお願いと

「ねぇ、蓮。一体どうしたん?」

「どうしたん? ってなんのことだよ」

 4時限目が終わり、昼休みに入った矢先のこと。可憐が頬杖をつきながら蓮に話しかけてくる。


「なんか……うちの情報が正しければ蓮の評価が上がりに上がってるらしいからさ?」

「俺の評価が上がってるって……言葉通りの意味なのか?」


「そう。最近、愛想を良くしてるって聞くけど本当のこと?」

「意識はしてるようにしてる」

「なんで?」

「……教えない」


 可憐の疑問は最もなものである。

 ほとんど表情を変えることがなかった蓮が『愛想良く』を急に意識し始めたのだから。


「蓮のことだから二股を狙ってるとかはありえないと思うんだけど、どんな魂胆かってのは教えてくれても良いんじゃない? 幼馴染としては心配してることなのよ」

「心配してることって、愛想を良くすることがか?」


 なんのことだか……と、クエスチョンマークを頭上に浮かべる蓮に、可憐はため息を吐きながら説明する。


「あのねぇ、彼氏の評価が上がるってことは彼女にとって不安要素しかないのよ? 蓮が他の女の子に移るんじゃないかとか、別れを切り出すんじゃないかとか。……別れを切り出すってのは、彼女より好みの女の子が告白してきたってのが理由で」


 周りにクラスメイトがいるからだろう、可憐は蓮の彼女が真白だと特定されないように、『彼女』という呼び名に変えていた。


「えっと、可憐の言い分で分からない事があるんだが……」

「分からないこと? それってなにさ」

「評価が上がってるってのは、“印象が良くなっている”ってことだよな? 可憐の言い分だと、“俺のことを気になってくる女子が出来るかもしれない”と言ってるように聞こえるんだが」


「だから後者の方を言ってるのよ。印象が良くなるイコールその相手が気になってくるって事でしょ?」

「印象が良くなる=話しやすくなるとかだろ?」


 ここで両者に確かな食い違いが生じる。


「いやいや。それじゃあ、印象が良くなる=話しやすくなる=気になってくる。これで理解出来るよね?」

「意味が分からん。それだと可憐と俺はお互い気になってる相手ということになるぞ?」


「……確かに。って、それじゃあこれをどう説明すれば良いのよ!」

「いや、俺に言われても困るんだが」


 可憐の考えは、蓮が愛想を良くすることによって、蓮を好きになる女子が出てくるかもしれない。

 そして、蓮の考えは愛想を良くすることによって、話しかけやすくなる。である。


 どちらの考えも間違ってはいないわけで、だからこそ上手く伝えることが出来ないのだ。


「そもそもなんで蓮は印象を上げたいわけ? 付き合ってるわけだし、印象を上げる必要はないでしょ」

「……笑わないか?」

「当然でしょ?」


「じゃあ言うが……俺は彼女に釣り合うようにしたいんだよ。今のままじゃ不釣り合いだしな……」

「は?」

「なんだよ、その反応」


 可憐は笑い声を上げることなく、機械音声のような声を出した。


「蓮は彼女に釣り合ってると思うけど。翔先輩の件、頑張ってくれたじゃん」

「何言ってんだよ。アレは俺が助けられる範囲内のことだったし、友達があんな風に困ってたら誰だって俺と同じ行動を取るはずだ。可憐だって、真白を手助け出来るように行動してただろ?」


「それはそうだけど……」

「だからそれは、釣り合う要素にはなんにもならない」

「レオっちらしいね、全く……。まぁ、本人だから仕方ないか……」


 どこか呆れたように、そしてどこか暖かな眼差しを向ける可憐。


「でも、蓮が愛想を良くしてるのが彼女のためだってなら良し! これでうちの不安はなくなったよ」

「彼女には絶対言うなよ? 恥ずかしいから」


「言わないって。だって蓮がこのことを彼女に伝えるんでしょ?」

「は?」

「なんで意外そうな表情してるわけさ」


 今度は逆に、蓮が機械音声のような声を漏らす番だった。


「言うわけないだろ、こんな情けないこと」

「情けないことかなぁ。彼女のことを考えてるんだから、うちはそう思わないけど。そして話を戻すけど、このことを彼女に言っとかないと流石に可哀想かわいそうよ」

「可哀想?」


「だって、蓮の印象が良くなるってことは、蓮に話を掛けてくる男が増えるってことでしょ? もし蓮がましろんの立場だって考えたら不安にもなるって。好きな人を取られるかもしれないって」


 男女だんじょじょを意図的に強調する可憐。蓮が鈍感だと知っているからこその対応である。


「それは……そう思うかもしれない……」

「だからさ、愛想を良くするのは彼女のためだってことを伝えて欲しいの。そう言うとこ、蓮がしっかり伝えないとすぐ気に病むからさ。彼女は」


「……可憐が言うなら間違いないんだろうな」

「それじゃ、あとは任せたよ? 彼女のこと大事にしてあげてね。一生の願いだから、これ」

 そうして、可憐は蓮の返事を聞くこともなく小さな弁当箱を持って教室を後にした

 ——その時だった。


「はぁぁぁ!? それってマジ情報か!?」

「ちょ……この歳でそんなことってあるのかよ」

「どうやって、そんな子と知り合ったんだろうな……。その経路が知りたいぜ……」

「やるなぁ」


 教室の隅に固まっていたクラスメイトの男子がそんな声を教室に響かせた。

 その中には大志もおり、蓮がその方に近付いた瞬間、束になった男子の視線が重圧を纏い……貫いた。


「な、なにをしてるんです……か?」

無意識に敬語になる蓮。それほどの迫力が蓮に襲い掛かっていたのだ。


「蓮! お前はやっぱりスゲェ奴だなぁ!?」

「オレ、尊敬するよ……」

「ああ、羨ましいぜ……」


その圧力とは裏腹に浴びせられる男子からの脚光。


「蓮。お前はどうやって黒ギャルを彼女にしたんだ?」

「…………な、なんだそれ」

 大志の発言に蓮は数秒の間を開けてそう答えた。……そう、これは真白の発言が噂として広まったことを意味しており、その誤解を解くのに昼休みは全て使われたのである……。


 そして時間は過ぎ——放課後になった。


『待ち合わせ場所は、蓮くんの教室が良いです。二人っきりが良いです……』

 5時限目終了後、真白からのメッセージが蓮のスマホに届いていた。

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