第66話 登校と真白の想い
テスト最終日の早朝。蓮が一人で登校している時だった。
「あ……」
目の前にいる二人の女子生徒のうちの一人のポケットからピンク色の五色ボールペンが地面に落ちた。
その二人の女子生徒はテスト対策で問題を出し合っており、物を落としたことにも気付いていない。
当然、無視するわけもなく蓮はボールペンを拾った後に二人の女子生徒に声をかける。この前から言われていた『愛想良く』を意識して。
「すみません、これ落としましたよ」
「次の問題は……ん、そのボールペンって
「あっ!? ありがとうございますっ!」
女子生徒が振り返った時に胸の校章に目を通す蓮。校章の色は蓮と違う。その学年は真白と同じ一年を示していた。つまり、蓮の後輩である。
「このボールペン、お母さんから誕生日プレゼントに貰ったものなんです! 本当にありがとうございますっ!」
「それは拾えて良かった。次からは落とさないようにな」
「はい……っ」
「良かったね、絵里」
五色ボールペンを渡した絵里と呼ばれた女子生徒は、身体をもじもじとさせながら顔に紅葉を散らしている。
(顔が赤い……。テストで体調を崩してるんだろうな……)
テスト期間中はテスト勉強に時間を費やす関係で、どうしても睡眠時間が減ってしまう。そのせいで生活のバランスが崩れて体調を崩す人も少なくはないのだ。
「今日がテスト最終日だし、お互い頑張ろうな」
「が、頑張ります!」
そうして、一通りの会話が終わり、素直に立ち去ろうとした蓮に一人の女子生徒が唐突な申し出をしてくる。
「先輩。もし宜しかったらなんですけど、この問題集の中からあたし達に問題とか出してくれませんか……ね?」
「別に構わないが……」
「ちょっと
二人は友達なのだろう、互いに名前を呼びながら親しさが目に見えて分かる。
「学園行くまでどうせ暇してたし、邪魔じゃなければお手伝いさせてくれ」
「もう、気遣われたじゃない……!」
「あはは……。それじゃあ気を取り直して! 先輩、このページの中からお願いします!」
そして、唐突な申し出をしてきた愛菜は、蓮にさっきまで出し合っていた問題集を渡してくる。
「生物の問題か。……よし、それじゃあまずは簡単なところからで」
「こ、こうなったら……せ、先輩に良いところを見せないと……」
「それじゃあ、絵里に負けないように頑張ろーっと」
そうして、蓮は学園に着くまでに問題を出し続けたのであった。
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その二人の女子生徒、
「蓮先輩、格好良かったなぁ……!」
「ア、アレはやばかったね……レン先輩。今までの先輩とはちょっと違うよね! まさか、あたしが言ったわがままに付き合ってくれるとは思ってなかったよ」
「ミスした問題の解説とか分かりやすかったなぁ。蓮先輩のおかげでもうばっちしになっちゃった」
「……生物は絶対に点数上げなきゃね!」
今朝のことを思い返し、絵里と愛菜はそんな話題で持ちきりだった。
「あ、先輩はテスト大丈夫なのかな……」
「多分大丈夫なんじゃない? 聞いた話だとレン先輩、転入試験で凄い点数出したらしいし? 名前を聞いて転入生だって気付いたよ」
転入してくる場合、ある程度の情報は拡散されるものだ。愛菜は琳城学園に転入してくる生徒の名前を知っていたのだ。
「……え? 蓮先輩って転入生なの!?」
「そ、そうだよ? 会ったのは今日が初めてだったけど」
「どうして早く教えてくれないのー! もっと早くから知り合いたかったのに!」
絵里は小さな音を鳴らしながら机をばんばんと叩いている。絵里にとって大事なボールペンを拾ってくれた蓮は、特別な先輩に映っていたのである。
「だって、そんな話をする機会もなかったじゃん? まぁでも、転入してきてもうかなり時間は経ってると思うよ?」
「それじゃあ、
「あのチャンス……?」
あえて言葉を濁す絵里に、愛菜な首を傾げる。
「か、彼女……になるチャンスだよ」
「え? 本気なのそれ」
「ほ、本気」
「いやいや、いくらなんでもそれはチョロすぎるでしょ。絵里は今まで男子からの告白を断ってきたから超意外なんだけど」
「じゃあ、聞くけど……
「それはないけど」
絵里の質問に即答で返す愛菜。
「んー、蓮先輩に彼女っているのかな……」
「それなら真白ちゃんに聞いてみる? 真白ちゃんとレン先輩って、仲が良いって聞くから知ってるかもだよ」
「そ、そうなのっ? 聞きたい!」
「それじゃあ聞いてみよっか」
絵里と愛菜は自席で勉強をしている真白に向かって近づいていった。
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(ここと、ここは覚えたから後はこっちを覚えれば大丈夫……。残りのテストで挽回しなきゃ……)
わたしは生物の問題集に目を通して、テスト開始時間までやれるだけのことをします。……頑張らなきゃ。
国語の点数は蓮くんのせいで50点以下です……。これは非常にまずいのです。
危機感に駆られて、時計も見ることなく必死に手を動かす。——と、その時でした。
「真白ちゃん、真白ちゃん! 一つ聞きたいことがあるの!」
「テスト勉強中にごめんね」
「ど、どうしたの?」
わたしの友だちである、絵里ちゃんと愛菜ちゃんが声をかけてきました。なんだか少しご機嫌な様子です。
「二年生の蓮先輩と仲が良いってほんと!?」
「……っ、そ、そうだよ? で、でもどうして……?」
絵里ちゃんから蓮くんの名前を出されて、身体中に緊張が走ります。
(つ、付き合ってることがバレたのかな……。も、もしかしたら昨日一緒に帰ったこともバレたのかな……!?)
そんな不安が脳内を埋め尽くしつつも、どうにか平常心を保ちます。
「今朝ね! 蓮先輩に会ってね……!」
「それでさ、こんなことがあって––––」
そして、絵里ちゃんと愛菜ちゃんはわたしに今朝の出来事を教えてくれました……。
(もぅ、蓮くんのバカ……。愛想が良いってなんですか、なんなんですか……。蓮くんいつもは無表情じゃないですか……。も、もしかして浮気しようとしてるんですか……。え、笑顔とか……わ、わたしだけに見せて欲しいのに……)
わたしの心情を知る由もなく、絵里ちゃんはとうとう爆弾発言をしました。
「そ、それで蓮先輩に彼女って居るのかな!?」
「……んっ!?」
絵里ちゃんは頰を赤らめて、乙女な表情でわたしに聞いてきます。
「絵里がさ、どうしても気になってるらしくてね……」
「それは愛菜もじゃない!」
「まぁ、そうと言えばそうなんだけど……。それで、知ってたら教えてくれないかな?」
この会話を聞いてわたしは確信しました。
(こ、この二人、蓮くんを狙ってる……。蓮くんのバカ、バカバカ! 優しくするのはわたしだけでいいのに……)
でも、ここで所でうじうじなんてしていられません。
わたしは蓮くんの彼女です。どうにかしてその想いを引き剝がさないといけません……。
蓮くんを好きになる人が出てくるなんてことは、分かっていたんですから……。
「蓮く……蓮せんぱいには彼女が居ます!」
わたしは強い口調で訴えます。
「うー。居たのかぁ……」
「あちゃあ……。でも、当たり前と言ったら当たり前だよね、絵里。あれで彼女居ないってなってたらもう取り合いになるでしょ」
「蓮先輩は、か、彼女さんとキスまで行ってるんですから! ……お、大人のキスもしてるんですから!」
そうです、わたしが恥ずかしがる必要はないのです。蓮くんの彼女はわたしだってバレていないんです。
——今のうちに諦めてもらわないと。
「その情報は聞きたくなかったよー! それじゃあラブラブしてるってことにじゃん……」
「ラ、ラブラブなんです! 昨日腕を組んで帰ったくらいにラブラブなんです! そ、それに! 蓮くんの彼女を怒らせたら怖いんですから!」
絵里ちゃんには悪いと思っていても、こればっかりは譲ることが出来ません。わたしは嫉妬をぶつけるように、事実を述べていきます。
「うぅ、そこまで言われたら諦めるしかないよ……」
「で、でも真白ちゃん詳しいね? あたし、びっくりしたよ」
「ッ!? え、えっとそれは……少し前に見かけたの! そう、見かけたの!」
冷や汗を滲ませながらも、わたしは上手く誤魔化します。
あ、危なかったです……。た、確かにあれほど詳しいことを言ったら違和感が生まれるに決まってます……。落ち着かないと取り返しのつかないボロがでてしまいます……。
「ち、
「え……」
「だから、蓮先輩の彼女さん」
「え、えっと……き、金髪で肌が黒くて、メイクをたくさんしてたの! く、口調は『え〜、それマヂやばくなぁい?』です!」
(蓮くんごめんなさい……! 嘘ついてごめんなさい……! で、でもこうしないと蓮くんがわたしから離れちゃうかもしれないんです……)
蓮くんと別れたくない。もっと一緒にいたい。もっと仲良くしたい。それがわたしの想いです。
蓮くんと別れることだけは絶対にしたくないんです……。
「黒ギャル……!? 蓮先輩がそんな人と付き合ってたの!?」
「レン先輩の年で……? そ、それは超意外……」
「い、意外だよね! ……わたしも最初はびっくりして!」
「もう、蓮先輩を諦めます……」
「それが良いよ、絵里。そもそもラブラブ状態じゃ狙えないと思うし」
「そ、そう! 狙えないんですっ!」
愛菜ちゃんの言葉にわたしは同調します。
こんな自信の無いわたし……。嘘まで付いて、蓮くんから引き剥がそうとするわたしは最低です……。
でも……
『わたしが蓮くんの彼女なんだよ!』って。
だからこそ、蓮くんに釣り合うように頑張らないといけないのです。いつまでも最低なままではいられないんですから……。
「お、教えてくれてありがとうね、真白ちゃん」
「ありがと! テストの邪魔してごめんね!」
そして、絵里ちゃんと愛菜ちゃんは席に帰っていきました。
『蓮くん、今日の放課後にお時間が欲しいです。お話がしたいです』
わたしはスマホから、蓮くんにメッセージを送信しました。
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