第65話 ツンデレ真白

「蓮、ちょっといいか?」

「はい、牧原先生」


 教室で帰りのS H Rショートホームルームが終わり、蓮は担任の牧原先生に呼ばれた。


「いきなりで悪いんだが、このダンボールを図書室まで運んでくれないか? 本当ならオレが行く予定だったんだが、急な会議が入ってだな……」

 牧原先生は申し訳なさそうな表情をしながら、教卓の上に置かれたダンボールをトントンと叩いた。


「そのくらいなら大丈夫ですよ。今日は特に予定もないので」

「ありがとう、蓮。そのダンボールは司書の方に渡してくれ」

 そして、牧原先生はダンボールの上に金色に光るワンコインを置いた。それは500円玉である。


「え、これは何ですか……?」

「ジュース代」 

「そんな代金は受け取れませーー」

「……っと、それじゃあ後は宜しく頼む。本当にすまない」


 腕時計に目を通した牧原先生は、蓮の言葉を遮って忙しそうに教室を去っていった。


「それはズルいですよ、牧原先生……」

 ダンボールの上に置かれたワンコインを見ながら蓮はそう口にする。牧原先生がいなくなった以上、このお金を放置することも出来ない。


 牧原先生はこの代金を受け取らせるように急いで撤収したのだろう。


「お金をもらった以上、早く届けないとな……」

 牧原がくれたワンコインをポケットに入れた蓮は、両手でダンボールを抱えて図書室に向かうのであった。



 =====



「すみません、牧原先生から司書さんに渡すように言われていたものなんですけど……」

 蓮は無事に図書室に辿り着き、受付場にいる司書さんにダンボールを見せた。


「ありがとうございます。こちらの司書室まで運んでくださいますか?」

「分かりました」


 受付の後ろにある一つの個室に案内された蓮は、指示された場所にダンボールを置いて速やかに退出する。


「ご苦労様です。荷物が届いたという牧原先生への連絡はこちらから入れるので気にしないで下さいね」

「ありがとうございます」


「いえいえ。その代わりと言ってはなんですが……本の方を覗いてみてはどうでしょうか。最近利用者が少なくてですねー」

「ちゃっかりしてますね」


「ええ、司書ですから」

「分かりました。本は好きなので覗いていきますね」

「こちらこそありがとうございます」


 簡単な会話をした後に、司書さんに一礼した蓮は見渡すように本棚を巡っていき、歴史本に料理本、資料本などに手をかけて興味があるページを読み進めて行く。


 そうして、図書室で数十分を過ごした後に蓮はある人物を発見した。


(真白がいる……)


 蓮の視界には、『ぐぬぬ』と背伸びをして一生懸命にその本を手に取ろうとしている真白の姿が……。そして、真白がその本を手に取った最中、本を抱きしめ喜笑を浮かべていた。


(……な、なんか喜んでるな)

 その光景を見て、彼氏である蓮が素通り出来るはずもない。


 気付かれないように後ろからそっと近付いて、真白が手に取った本の内容を確認する。

 この琳城学園の図書室は、市や県が管理している図書館に引けを取らないほどに広く、本棚も数えきれないほどにある。本に夢中になっている真白に気付かれないように動くのは、簡単なことでもあった。


「こ、これがあれば大丈夫、大丈夫……」

 そんな独り言を漏らす真白は、本を捲って熱心に読み進めている。


(恋愛が上手く行く方法……初心者編?)

 真白が読んでいる本を後ろから覗き込んだ蓮の視界にはそんな見出しが映っていた。


「んー、蓮くんは何をされたら嬉しいんだろう……」

 蓮が後ろに居ることなど知る由もなく、真白は小言を垂れ流しながら指でなぞって文章を追っている。


「や、やっぱり……触れ合うことが一番嬉しいのかな。手を繋いだり……キ、キスしたり……。れ、蓮くんは年頃の男の子だもん、せ、性欲だってあるもんね。う、うん。わたしだってあるんだもん……。せ、性行為も嬉しいはずだよ……ね」

(……その発言は俺がいないところでしてくれ……)


 自分で言ったにも関わらず、白い耳が瞬く間に赤くなる真白。そして……頭を冷ますようにページを捲っていく。


「み、魅力を上げる方法は……ツ、ツンデレ? ツンデレとは……行為を持った人物に対し、デレっとした態度を取らないように自らを律して、ツンとした態度で接すること……」

 ページを進めていた真白の手が止まったのは、大きな見出しで『魅力を上げる方法』と書かれている所だった。そのページの中心にあるツンデレという文字に真白の指は置かれている。


(いや、真白にそれは無理だろ……)

 それが蓮の率直な感想だった。


「ツンデレさん、可愛いな……」

 真白はツンデレの例が書かれてある部分に何度も目を通していた。


(そろそろだな……)


 真白の後ろにずっと居て誰かに不審がられるわけにはいかない。蓮は真白の肩を叩いて振り向かせようとするが——、

「恋愛中級者編……。うぅ、もう初心者編が終わっちゃったよ……」

「き、気付いてない……」

 全神経を目に集中させているのか、肩を叩いてもなんの反応も見せない。


「も、もう一回読み直そうかな……」

『プニッ』

 そろそろ気付いてくれ……と、ヤケクソになった蓮はおもちのように柔らかい真白の頰を優しくつねった。


「ふぇ……うぇんくんっ!?」

 ほっぺたをつねられた状態で喋ったからだろう、変な呼び名で蓮を呼んで目を見開いている。

 背後からいきなりそうされたら、誰だって驚くだろう。


「いくらなんでも気付くのが遅過ぎやしないか?」

「い、いつから見てたんですかっ!?」

「ついさっき」


 蓮は鼻先を掻きながらしれっとウソをついた。


『せ、性行為も嬉しいはずだよ……ね』

 こんな発言まで聞いてたなんて言ったならば、真白は恥ずかしさから悲鳴的な大声を上げるのは目に見えていたからだ。


「こ、こんなことをしていいんですかっ!?」

「どういう意味だ?」

「翔せんぱいのことがあるから、学園じゃ距離を置くって……」

「ん? そのことならもう解決したって言ってなかったか?」


「い、言ってないですよっ!?」

「マジか……。それはすまん……」


「もう、なんでそんな大事なことを忘れてるんですかぁ!」

 不満を爆発させる真白だが、そのどこかでホッとした表情をしているのは気のせいではないだろう。


「それで、さっきから独り言が凄かったが……その本はそんなに面白いのか?」

「うん。あっ……で、でもこれは、蓮くんのためを思って見てたわけじゃないんだからね……!」

「え?」


 蓮はこの時点で察した。真白はこの本にあった“ツンデレ”を実行しようとしているのではないかと。

『蓮くんのためを思って見てていたわけじゃない』そう発言する真白だが独り言では蓮のことを発していた。


 この時点で矛盾が生じているのだ。


「ど、どうすれば蓮くんがわたしに振り向いてくれるかとか……どうすれば蓮くんがもっとわたしを好きになってくれるかとか……、全然、ぜんっぜん考えてないんですからっ!」

「……」


「き、今日だって蓮くんのことなんて一回も考えてないし、蓮くんの顔も思い浮かべたりしてませんっ!」

(真白の顔が真っ赤だ……。これ、絶対ウソだよな)

 この時、蓮は一つだけ真白に伝えなければならない事があった。


「……真白、俺は普段の真白が好きだぞ」

「……っ!?」

「ツンデレな真白が嫌なわけじゃない。俺のことを考えてしてくれたってことも嬉しい。……だけど、俺は普段の真白の方が似合ってると思う」


 ——真白から視線を逸らすことなく。


「だから、俺達は俺達のペースで付き合っていかないか? ……この本に左右されないでさ」

「分かった……」


 蓮は大事なことを言い終え、真白の手から本を抜き取り元の位置に戻す。


「恥ずかしい話、今日だって真白のせいで浮かれてたぐらいなんだ。……こ、これ以上は何も言わない。言わないからな」

「蓮くん……」


 真白は蓮が最後に伝えたかったことを理解した。『普段のままが一番良い』……と。

 口から伝えることはなかった蓮だが、真白にとって抱えていた不安が全て消失した瞬間でもあり、これほど嬉しいものはなかった。


 これを伝えられて嬉しく思わない相手はいない。ましてや、それを言ってくれた相手は唯一の『彼氏』なのだから。


「さて、帰ろうか」

「手を繋ぎながら帰りたいです……」

「人気がない場所でな」

「恋人繋ぎが良いです……」


「それも人気がない場所でな」

「遠回りもしたいです……」

「甘え過ぎだ」

「蓮くんに甘えたいから……」

 ……そして、その帰り道。

 アスファルトには、恋人繋ぎ……そして腕を絡めて、、、、、歩いている二人の影が映し出されていた。



 =======


 後書き失礼します。


 ただ今、2日に1話の投稿となりすみません! もう少ししましたら、前のように1日1話に近い形に持っていけるようになりますので、これからも宜しくお願い致します > <


 後書き失礼しました。

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