第64話 side真白と釣り合うようになるには……

 ーー琳城学園でテスト当日。

 その三限目、真白は国語のエッセイ問題で止まっていた。


 その題名は『桜蓮おうれんとの時間』


 桜蓮とはハスの中の種類のもので、真白は長文ではなく題名に釘付けだった。


(こ、この題名……蓮くんとわたしの漢字が入ってる……)

 真白の苗字は小で、この花蓮の名前には二人の名が入っている。そのせいで真白の集中力は霧散してしまったのだ。


(わたしと、蓮くんとの時間……)

 真白はその題名を自然と置き換えてしまう。……そう、コレが間違っていた。


(こ、この前は蓮くんと、あ、あんなキスを……〜〜〜〜っっ!!)


 VRでの出来事を鮮明に思い出してしまった真白。手に握っていたシャープペンシルが机に転がった。手に入っていた力が一瞬にして抜けてしまったのだ。


(テ、テストに集中なきゃ……集中しなきゃ……)


 そう意識を変えようとした矢先……蓮と舌を絡めたあの感触が完全に蘇ってくる。VRで行った行為とはいえ、触覚などの五感は現実世界と全く同じなのだ。それがVRの最大の特徴であり、凄いところでもある。


(蓮くんの……、は、激しかった……。と、とっても……。うぅ、わ、忘れられないよぅ)


 現在テストの真っ最中。真白の耳にはカリカリとシャープペンシルを回答用紙に走らせる音が聞こえている。


 テスト終了まで残り20分。空欄は約半分。こんな状態の真白にさらなる想いが湧き上がってくる。


(蓮くん……。蓮くんに会いたい……)


 そう。真白は蓮からまだあのことを聞いていないのだ。


 ーー翔先輩との事件は完全に解決したことを。

 つまりそれは、学園で距離を置くことをしなくて良いことを指している。


 しかし、蓮はそのことを伝えていない。正確に言えば忘れている。

その関係で真白は蓮に声をかけてはいけない、距離を置いているように見せなければならないと思ってしまっているのだ。


 蓮と会話するのはVRだけ。

 それが蓮との約束だったのだ。


(蓮くんは、わたしと同じ気持ちなのかな……)

 会いたいのは自分だけじゃないのか……なんて不安が真白を襲い、もうテストどころではなくなる。


(どうすればもっとわたしを好きになってくれるんだろう……)

 恋人関係になった真白と蓮。だからこそ湧き上がる疑問でもあった。


 もっとわたしを好きになって欲しい。

 もっとわたしを見て欲しい。

 もっとわたしと一緒にいて欲しい


 そんな願望も脳裏に巡っていく。


 考えれば考えるだけ謎は深まるばかりで……真白は底なし沼にはまってしまった。


『キーンコーンカーンコーン』

「ーーはっ!?」

 その学園のチャイムで真白は我に帰り、時計を確認する。その長針とテスト終了時刻を示していた。


「それでは、テストを後ろから回収してください」

「……れ、蓮くんがあんな激しいことしたから……蓮くんのせいだよぅ……」


 半分ほどしか書かれていない真白の回答用紙は、そうして回収されたのであった。



 ========



 その頃、2年の教室では……


「やっべぇ、マジやばい……。これはヤバイ」

「大丈夫か、大志? 顔が真っ青だぞ」


 三限目のテストが終わり、手応えが無かったのだろう、大志は死んだ魚のような目をしながら蓮に訴えかけた。


「回答用紙に書けた点数が40点……。三問間違えてたら俺は赤点だ……」

「まぁ、結果が来ないことには分からないんだしあんまり気にしない方が良いぞ?」

「はぁ、俺も蓮みたいに嬉しいことがありゃ良いのになぁ……」


 ため息を吐きながら、大志は唐突に呟いた。


「え? 嬉しいことがあったみたいなこと大志に言ったっけ?」

「言われなくてもさっきからずっとニヤけてるから分かる。不気味に」


「最後は余計だ。……ま、まぁ嬉しいことはあったよ。誰にも言わないけど」

 真白と付き合っている。この事実を伝えたい気持ちがないわけではない。しかし、真白はアイドルなのだ。これで真白の仕事に何かの影響を与えるような真似はしたくなかったのだ。


「俺も嬉しいことがあれば良いんだけどなぁ。おばさまに手作り弁当を作ってもらえるとか、おばさまにお味噌汁を作ってもらえるとか、おばさまに看病してもらえるとか……さ」

「全部そっち関係なんだな……」


「これに勝る嬉しさはない!」

 さっきまでの死んだ目はどこへ行ったのか、平常運転に戻った大志に蓮は苦笑を浮かべる。


「それで、蓮は一体何に悩んでるんだ?」

 頬杖をして、大志はまたもや突とした話題を振ってくる。


「どうしてって顔してるが、顔に出てたぞ?」

(そんなに顔に出てたのか……)


 大志の言うように、蓮はあること、、、、に悩んでいた。一人で解決出来る悩みではないことは悟った蓮は、少しだけ内容を変えて大志に相談する。


「……これは俺の友達、、の話なんだが、その友達に初めての彼女が出来たんだよ」

「それは羨ましいことで」


「そして、その友達は自分の彼女と釣り合っていないことを理解したらしい」

「簡単な例を上げれば、彼氏はブサイク。彼女は美人。みたいな感じか?」

「そんな感じだな……。だから、どうすれば彼女と釣り合うようになるか悩んでいるらしい」


 そう。これは友達の悩みなんかではない。蓮の悩みなのだ。


「それは難しいもんでもあって、簡単なもんでもあるぞ?」

「か、簡単……?」


 そして、大志の口から出たのは蓮が予想もしてなかった言葉であった。


「まず、彼女側からすると彼氏が自分と釣り合ってないだなんて思っちゃいない。付き合ってるんだからそれは当然だろ? ……ただ、遊びの付き合いとかならまた別の話になってくるが」

「話を続けてくれ」


 本気で付き合っているのならば、大志の言い分は間違いない。だが、蓮と真白の場合は、お互いに自分が下で相手が上だと、要はお互いが一歩引いている状態なのだ。


「釣り合うようになるにはってことだが、容姿はそう簡単に変えられるもんじゃない。変えられるのは必然的に中身になる」

「そ、そうなるよな……」


「この場合、蓮に例えると一番分かりやすいだろう」

 ここで大志は有難い例で教えてくれる。


「蓮はいつも無表情だろ? 稀に笑みは見せてくれるが稀にだ。だからまずはそんなところを直す」

「つまり、愛想を良くするってことか?」


「そう言うこと。愛想が良い人は相手からの印象も良くなるし、人を寄せ付ける力がある。蓮の場合、愛想を良くするだけで全然違うと思うぞ?」

「愛想を良くする……。なるほど……」


 蓮は相槌を打ちながら熱心にメモに写す。大志のお陰で明確な目標が出来た瞬間だった。


「み、妙に感心してるが、これって蓮の友達の話なんだよな?」

「あ、ああ。友達友達」

 蓮は誤魔化しながらメモを書き終えてカバンの中に入れる。このメモだけは誰にも見せるわけにはいかないのだ。


「ありがとう、大志。相談に乗ってくれて」

「この際だから『愛想良く』を意識して今のお礼を言ってみたらどうだ?」


「それじゃあ……あ、ありがとう、大志」

「うん。なんか不自然だな」

 大志に促され、なんとか笑顔でお礼を言う蓮だがそうなるのも当然だった。行き当たりばったりで上手く行くことはほとんどないのだから。


「まぁ、最初はなかなか上手くいかないもんさ。それじゃあこれは好きなものに例えてみればいいかもな。蓮、子どもが好きだったろ?」

「ああ、大好きだぞ」


「じゃあ、俺を子ども相手だと意識してやってみ?」

「子ども相手……」

 蓮は子どもを想像する。……子どもと言っても、その手の知り合いがいない限り、簡単に想像することは出来ない。


 だから、蓮は失礼ながらも一人の人物を思い浮かべる。それは、妹である楓だった。


「あ、ありがと大志」

 大志と楓を重ねて、蓮に自然な笑みが浮かぶ。


「……っ!? ……そんな笑顔で言われると照れるだろ……」

「な、なんでそこで照れるんだよ……」


 大志が見せるこの反応は、不自然じゃない笑顔が出来ている証拠でもあった。


「……蓮、今のような感じを意識すればいい。今のは完璧だ」

「本当ありがとうな」

 ーー再び、見せる自然な笑み。


「……だ、だからその笑顔やめろって……。変な扉が開きそうになる」

「おいおい、その冗談は笑えないんだが」


 そうして、学園のチャイムがなり4時限目が始まる。


 この“愛想良く”を続ければ、少しだけ真白に釣り合うような彼氏になれるかもしれない。と素直に思った蓮の胸には確かな嬉しさが芽生えていた。


 …………しかしこの大志のアドバイスが、真白を嫉妬させる原因の一つになるのはまだ知りもしなかった。


 これが、蓮の女子からの評価を上げる原因になるのだから……。

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