第63話 気遣いと口を塞ぐ意味
『真白おねえちゃん〜』
『うんうんっ、カエデちゃんは偉い!』
この制限ルームでは二つの空間が出来ていた。
一つ、モカの膝の上にカエデが座って本物のお姉ちゃんが居るように甘えている空間。
そしてーー
『……えっと、おおよその事情は分かったんだけどこれどう言う状況?』
『なんかお姉ちゃんごっこがエスカレートした感じだな。カレンも混ざってきたらどうだ?』
この制限ルームに足を運んだカレンにこの状況を説明しているレオ。置いてけぼりにされている空間だ。
『真白おねえちゃん大好き〜!』
『うんうんっ。わたしもだよっ!』
モカに頭を撫でられて気持ち良くなったのか、カエデは口元をだらしなく開けている。
仮想の人物とはいえ、中身は本物のアイドル。カエデが大好きなアイドルの真白に頭を撫でられたのなら、こうなってしまうのも無理はない。
『流石にあの空間には
『俺の妹を景品扱いしないでくれ』
『ヤ、ヤバイ……もう我慢できない! カエデちゃーん、うちの膝の上にもおいでー!』
『あっ、はーい!』
カレンに呼ばれ、モカの膝上から飛び降りたカエデは指示通りの行動をする。
(なんで女子ってこんなに早く仲良くなれるんだろうな……)
それがレオが持った疑問だった。カレンとカエデが出会ってまだ10分程度だ。それなのにも関わらず、お互いが心を許しているような感じでいる。
『はぁ、癒されるなぁこれこれ〜。カエデちゃんのお陰でバイトの疲れが吹っ飛ぶなぁ』
『じゃあ、このままでどうぞ!』
『それじゃあ、お言葉に甘えて〜』
カエデはカエデを抱きしめるだけではなく、カエデの背中に頬ずりをしている。今の状況を堪能しているようだ。
『く、くすぐったい……っ』
『心の洗浄中……』
そして、そんな時間が数十秒過ぎた時だった……。
『……ふぅ。それでお二人はどないしたんさ、ねぇ?』
『ビクッ!』
『……』
突として投げられた質問。カエデの肩上にあごをのせて口角をニヤリと上げてこちらに顔を覗かせるカレンにレオは全てを悟った。
『お兄は無言で、真白おねえちゃんの肩がビクッてなりました……』
『よーし、良い報告だぞカエデちゃん。その調子をキープしよう』
隠し事を暴くカレンに、それを手助けをするカエデ。完璧なタッグを組む二人に逃げ場などない。
『さてさて、まずはお姉ちゃんごっこをしてたと言う話なんですが〜。“お義姉ちゃん”ごっこの間違いじゃないんですかねぇ……ましろん?』
『ち、ちち違うからっ!』
カレンの標的はこの手の追求に弱すぎるモカだ。弱い相手を狙うのは常套手段であり、結果が得られる一番の方法だ。
『ましろんは浸っていた。上手くいけばそうなるであろう未来に。じゃなきゃ、あんな表情しないと思うしー』
『そ、そう…………じゃないもん!』
『カレンさん、あの……真白おねえちゃんって嘘が付けない性格なんですか?』
『そうそう。しかもアレで上手く誤魔化せたって思ってるんだよ? あんな長い間があったのにも関わらず』
ズカズカと攻め立てるカレンにカエデ。なされるがままのモカ。それを傍観するレオ。
制限ルームにはそんな構図が出来ていた。
『真白おねえちゃん、心が綺麗です……』
『だからこそ幼馴染としては心配なんだよねぇ。悪い男に騙されないかでさー。ましろんを狙う男も多いからねぇ……』
『大丈夫です! その時はお兄がいますから!』
『確かにそうだね! おーい、ちゃんと頼むぞーましろんの彼氏? ましろんを泣かせたしたら、うち許さないんだから』
『
『当たり前じゃん。ましろんはめっちゃ蓮を見てたし普通に気付くって』
『え? そうなのか?』
『めっちゃじゃないもん、少ししか見てないもん……』
『真白お姉ちゃん、お兄にベッタリだ……』
顔を赤く染めながら大事なところを否定しなかったモカに、カエデは突っ込んだ。
『この件は明日からかうとして……カエデちゃん、今からうちとお買い物に行こっか! 欲しいものなんでも買ってあげるよ!』
『い、良いの……っ!?』
そのワードをカレンから聞いた瞬間、カエデは瞳を宝石のように輝かせる。
『その代わりに、また次もうちの膝の上に乗ってね?』
『うんっ!』
『それじゃ、うちとカエデちゃんはお買い物に行くんで、お二人はごゆっくり〜』
『ごゆっくりです!』
いつの間にかフレンドになっていた二人は、そんな別れ言葉を残して転移をしていった。
当然、制限ルームは二人っきりになる。
『はぁ、気ぃ遣われたな』
『……』
そんな独り言を漏らすレオに、モカはテクテクと無言でこちらに歩み寄って来る。そのままレオの隣に腰を下ろしたモカは、レオの膝の上に頭を下ろしたのだ。
『ど、どうした……?』
『う、上書きです……。わたしが、一番じゃなきゃヤなんです……』
モカは言葉通りに膝枕の上書きしたのだ。最後に自分が膝枕をすることによって。
『おいおい、相手は俺の妹だぞ?』
『だってカエデちゃん、女の子だもん……』
『それって妬いてるのか?』
『……わたしは蓮くんの彼女なんです。妬くのは当然なんです……』
人差し指でレオの太ももに円を描きながら、拗ねていることをアピールするモカ。
『えっと……、じゃあこれも上書きしないとだな……』
『……』
レオはモカの髪に手を置いて、ゆっくりと撫でた。妹のカエデにしていたことは膝枕だけではない。頭を撫でていたこともだった。
『蓮くん……』
『なんだ?』
レオに頭を撫でられている中、モカは声を震わせた。
『こんなわたしも嫌いにならないで……ほしいです』
モカは白状したのだ。自分が嫉妬深いことを。
軽蔑されるかもしれない。呆れられるかもしれないと、不安を隠すことなく。
『そんなことか?』
『そんなことじゃないです……』
『あのなぁ、それは俺が真白に釣り合うような男になってから言ってくれ』
『……』
『俺
レオは今まで誰とも付き合ったことがない。だからこそ、モカに不安が芽生えていると分かっていてもその対処方法が分からない。つまり、彼女であるモカに不安を蓄積させることになる。
だからこそ、その不安を溜めさせないための手段でもあるのだ。
『な、なんでも……ですか?』
『ああ』
『い、今から言っても……良いんですか?』
『勿論』
断る理由は何もない。だからこそ、レオは力強く頷いた。
『それじゃあ、わたしの口を塞いでください……』
『……分かったが、そんなことでいいのか?』
『うん……っ』
モカは膝枕をした状態で、顔の正面をレオに向けて瞳を閉じる。
だがしかし……恋人状態での『口を塞ぐ』と言う意味を理解していない者がここに居た。
『……はい』
『んっ!?』
レオがしたこと。……それはキスではない。モカの口元に自分の『手』を当てて口を塞いだのだ。
『んーん!?』
『……もう良いのか?』
『んー!!』
不満の声を喉元で鳴らすモカに、口に当てていた手を
『……そ、そうじゃないですっ!』
『え? 口は塞いだだろ』
『そ、そうですけどっ、そうじゃないんですっ!』
モカは不満を爆発させるようにレオの膝枕から制限ルームの床に立ち上がる。自分が思っていたことと、全く別のことをされたらそうなってしまうだろう。
『恋人同士だと、口を塞ぐの意味は違うんです!』
『じゃあ、口を塞ぐってどう言う意味なんーー』
『こ、これ……ですっ!』
『……ッッ!?』
次の瞬間、モカはソファーに座るレオの後頭部を片手で押さえ、強引にレオの唇に奪った。
逃げられないように、そして喋れないように強く唇を押し付け……。
『口を塞ぐ』これがどう言う意味なのかを分からせたモカは、唇をゆっくりと離す。
『わ、わかり……ましたか……? 口を塞ぐ意味……』
『あ、ああ……』
顔を蕩けさせて艶かしい声音を出すモカに、レオは生返事をする。
『こ、今度は蓮くんがわたしの口を塞ぐ番です……』
『容赦、しないからな……』
レオにとっては完璧な不意打ち。彼女にこんな仕打ちをされて黙っていられるはずがない。
『か、かかってこい……です』
そして、二人は再度唇を合わせて貴重な時間を過ごした。
最後、口を離した二人の口元には一本の透明な糸が繋がっていたのである……。
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