第61話 妹のカエデとVRで……そしてモカの誤解

『……なんで俺の所には魚が来ないんだろうな。流石にこれは悲しくなる』

お兄、、の日頃の行いが悪いからだよ。これじゃあ、勝負にもならないじゃん』


 その次の日、レオとカエデはVRの釣り堀に居た。今日はカエデとVRすることを約束した日だ。


 釣りを始めて約30分が過ぎ、レオが2匹。カエデが11匹とその差は9匹。

 どちらが何匹釣れるか、なんて勝負をしている二人だがここまで差を空けられた時点でレオに勝ち目はないだろう。


 そして、カエデが『お兄』と言う呼び名でレオを呼んでいる理由は、周りにプレイヤーが居ないからである。


『あっ、また来た』

『マジか……』

 カエデは竿から手応えを感じたのだろう、リールを巻いて一気に竿を引き上げた。


 ーーバシャンと水面が跳ね、一匹の魚が元気よく身体をしならせる。


『……おぉ、キンキンのお魚だ!』

 その釣り針には20センチサイズの黄金魚が引っかかっていた。その黄金魚の出現率は1%。


 その低確率設定から、このVRでは幻の魚とも言われているもので、実際にその黄金魚を見るのもレオは初めてだった。


『なんでソイツが釣れるんだよ……』

『格好いいお魚さんだね! うん、これが一番格好いい!』


 このゲームに詳しくないカエデはこの黄金魚が“幻の魚”など知る由もなく、釣り上げた黄金魚を地面に置いて『格好いい』と言いながら観察をしている。


 観察し終わった後に、カエデがその黄金魚に触れると目の前からその存在が消える。その黄金魚がカエデのアイテムボックスに入った証拠である。


 この黄金魚を売れば、高価な衣服が3つほど購入が出来るだろう。


『俺の負けだな、こりゃ……』

『えへへ、もう勝ちでいいの?』


『ああ、流石にソレが釣れたら負けを認めるしかないしな……』

『じゃあ、何をお願いしよっかなぁー』


 小さなあごに手を当てて、『うーん』と唸り声を上げているカエデ。悩み顔を見せること数十秒、カエデは音を鳴らして両手を叩いた。


『うん、決めた! お兄の膝枕にする! ……なでなで付きで』

『そんなことで良いのか? それぐらいなら、お願いされなくてもするけど』

『お兄はそうやってカエデを甘やかす……』


 そして何故かジト目でレオを睨むカエデ。


『甘やかすって言うか、大事な妹なんだから普通そうなるだろ?』

『大事な……妹。えへへ。そんなこと言っても何も出ないんだからねっ!』


 ジト目から表情をコロコロと変え、こちらまで明るくなるような屈託のない笑みを見せるカエデ。

 レオはこの笑顔を見るだけで嬉しかった。妹を大事に思う兄なら皆そうだろう。


『じゃあ、早く制限ルームに行こ! お兄の膝枕だぁ膝枕だぁ!』


 カエデは自分の釣り道具だけでなく、レオの釣り道具も元の位置に直して、ぴょんぴょん跳ねながらご機嫌さを滲ませている。


『ハハハ、そんなに膝枕をしてほしかったのか』

『ーーはっ。そ、そんなのことないし! 仕方なく、、、、お兄に膝枕されるだけだし!』


『へぇ……仕方なく、と来たか』

『で、でも膝枕しなかったら許さないし!』


 釣り勝負に勝ったお願いで膝枕を要望し、待ちれないとばかりに催促していたカエデ。そんな判断材料があれば『仕方なく』という言葉が嘘であることは分かっている


『分かってるよ、釣り勝負に勝った約束だもんな。膝枕』

『それと、ナデナデも!』

『ああ』

『じゃあほら、早くルームに行く。行くよ!』


 そうして、部屋ルームを作ったレオはカエデと一緒に転移するのであった。



 ========



『えへへ……久しぶりだぁ、久しぶりだぁ……ん〜』


 レオはカエデを膝枕した後に、膝に横たわるカエデの頭を毛並みに沿って優しく撫でていた。

 それを堪能しているのか、カエデは足をバタバタとさせながら甘い声を漏らしている。ーーレオの太ももに顔を沈めたうつ伏せ状態で。


 これは現実世界からしていたことで、懐かしく思うもの無理はないだろう。


『お兄のナデナデも劣ってない……』

『俺ってそんなに髪を撫でるのが上手いのか?』

『女の子よりも凄く上手……はぁ〜』


 そして、カエデはうつ伏せのまま動かなくなった。それはまるで死んだ魚のように。

 暫くの間無言が続き、レオは不意に声を発する。


『……海外から俺のところに戻ってくる時は遠慮しなくて良いからな。俺はいつでも待ってるんだから』

 カエデがこう甘えるのも、両親の仕事が多忙で構ってあげられてないからだろうと勝手に予想付けた、レオは諭すようにしてカエデに話しかける。


『……そんなに、カエデに帰って来てほしいんだ? って、この会話はもう3、4回してるな……』

『お兄はそんなにカエデに帰って来てほしいんだね、えへへ……』


 うつ伏せ状態のカエデは体勢を横にして、レオと視線を合わせた。


『まぁな。帰ってきてほしくないわけがないっての』

『お兄はほーんと甘えん坊さんだもんね〜。カエデがナデナデしてあげよっか?』


『今の状況と完璧に逆なんだが……』

 頭を撫でながら鼻先を掻くレオは、二人の仲で定番とも呼べる話題を口に出す。


『それで、カエデは大きくなったのか? 身長』

『し、身長……。お兄、そのワード出すの禁止です』

『どうして?』


 寝返りを打つようにして、蓮に小さな背中を見せたカエデは落胆した声でボソッと呟いた。


『昨日身長測ったら、0.1cm縮んでた……』

『それは単なる測り間違えじゃないのか?』

『12回測ったもん……』

『どんだけ測ってんだよ。12回って……』


 こればかりは仕方のないことだが、ここまで来ると、本当に身長が分けられれば……と思ってくるレオである。


『そ、それよりお兄の料理食べたい……』

 不器用なほどの話題変換に苦笑いを浮かべながらレオは話に乗っかる。


『何が食べたいんだ?』

『ちょっと濃ゆいお味噌汁とグラタン』

『そっちの夏休みはいつ頃か?』

『あと一ヶ月と少し……』


『そういや、そっちの方は夏休みが早くて長いんだったな』

『お兄の方はいつなの? 夏休み』


『俺の方は7月の終わりからだから大体二ヶ月ってところかな』

『二ヶ月……。う、長いな……』


 再びうつ伏せ状態になったカエデは、声音だけではなく体勢でも今の感情を表した。何故だろうか、カエデから確かな悲壮を感じる。


『カエデが夏休みに入った瞬間からこっちの方に来て良いんだぞ? それならあんまり長くないだろ』

『だって、それだとお兄が構ってくれないもん。お兄、学校行くし……』

『それはそうだが……』


『だから二ヶ月は我慢する……。そ、その代わり、今日はこのままがいい……』

『分かった。気が済むまでこうしてて良いから』


 レオに視線を向けること無く、うつ伏せ状態のまま声を発すカエデの頭をポンポンと優しく叩くレオ。


 両親の元に『ついて行く』『付いていかない』それは自分達で決めた選択だったが、経験して後悔することもある。


『ありがと、お兄……』

『気にすんな気にすんな』


 あえて明るい声を出すレオは、自然体でいるカエデの頭を撫でながらゆっくりと時間に身を任せるのであった。


 しかし、レオはここでとんでもないミスを犯してしまう。


制限ルームの一部が光が生まれーー人型の影が浮かび上がってきたのだ。つまり、誰か、、が転移してきたのということ。


 また、その誰か、、も自分のために制限ルームを作ってくれたと勘違いしているのだ。


『蓮くんっ! こんばん……ふぁ!?』

『モ……モカ……』

『膝枕、気持ちい……』


 そう、この制限ルームに転移してきたのはレオの彼女である『モカ』だったのだ。


 ……当然、モカの瞳にはレオが小柄な女性を膝枕しているだけでなく、その頭を撫でているという光景が映っている。


 モカは一度、レオが妹のカエデとVRで買い物していること目撃している。モカが冷静ならば……この相手がレオの妹だとは理解出来ただろう。

 だが、こんな状況にあたって冷静を保てる人は0%に等しい。


『れ、蓮くん……。浮気はしないって言ってたのに……』

『これは違うぞ!?』


 どうにか誤解を解こうとするレオだが、モカの大きな猫目には今すぐにでも流れ落ちそうな涙がうるうると溜まっていた……。それはモカと付き合って1日後のことでもあった。

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